映画『明日の食卓』で、幼い子どもの育児と復帰したばかりの仕事の板挟みになる主婦・留美子を演じている菅野美穂さん。「映画の状況が他人事とは思えなかった」と語る菅野さんに、ご自身の育児と仕事の日々、そして菅野さんの考える"幸せ"についてお話を聞きました。
ーー撮影されたのは?
去年の夏です。
自粛期間が明けた後、初めてフェイスシールドをつけた現場でした。
自粛期間中に、子どもと向き合うことがどれだけ息が詰まるのか、身をもって知った後だったから、映画の状況が他人事とは思えなくて。
丸1日、子どもと離れての撮影も初めてだったので、全ての撮影が終わったときはすごくホッとしました。
でも家に帰ったら娘が鍵を閉めて、私が廊下に閉め出されて。
撮影を何とか乗り切れたと思ったら、娘にまた追いつめられるっていう。
留美子さんは再開した仕事に不安もあって、家に帰ると子どもたちがケンカしていて。
常にざわざわしているんですよね。
そういう状況は(二児の母として)私自身も、この先しばらく続くのかもなぁって思います。
ーーそういう留美子さんのもやもやが真に迫っていました。
このタイミングで、この映画のお話をいただけたのは、ある種の運命だと思っています。
役作りとは意識していないですが、日常でもやもやしている自分と切り離せない何かがありましたから。
以前なら、役と自分を切り離そうとしたときもあったと思うのですが、いまは逆に自分の延長で、役に自分が入っていくのを否定しない時期。
『役と自分は違うので』とか、かっこつけずに、とにかく泥水をすすって生きていく時期だなと(笑)。
自分の生活と撮影が両方カオスだったから、混乱の中で湧き上がってくる何かが、映画に出ていたのかもしれないです。
「大人になるほど、世の中のこともがんばりどころと引きどころが分かって、楽になるのかなと思っていたけれど、実際は体力も落ちていくし、新しいことに対応しようとしても反応が遅い(笑)。こんな感じなんだなって」
大変の数が、幸せの数
ーー劇中のお母さんの中には、子どもにカッとなって一線を越えてしまう人もいます。
その差は本当にないんだと思うんです。
皆、同じ線上にいて、たまたま越えてしまったという。
誰も否定できないと思うんですよ。
だからこそ映画の中にあったように、誰かが書いた育児ブログを読んで、私だけじゃないんだとホッとするんだと思います。
この映画を観たお母様方が同じように思ってくれたら、それは救いにつながるんじゃないかと。
昔はおじいちゃん、おばあちゃんや近所の人がいて、やっと成り立っていた育児というものが、いまは共働きで、ひとり抱え込んでいるお母さんも多い。
そもそも無理なことをやっているんですよね。
「こういうお母さんでいよう」と決めても、そこから大きくはみ出して、ものすごく怒ってしまう。
自分ってこんなに怒る人間だったんだってがっかりするんです。
怒ったことによって、自分もちょっと傷ついているから。
それでも、育児は後回しも一時停止もできないから、もう「やる」一択。
限界がきてしまう気持ちはすごく分かります。
ーー登場するお母さんは、経済状態やパートナーの有無、それぞれに状況が違います。
高畑充希さんが演じられた家庭は、状況的にはいちばん大変だけど、いちばん幸せそうに見えますよね。
だから、幸せって楽ちんで何もつらいことがない状況ではないんだなと。
私、叔母に言われたんです。
育児中は「大変の数が幸せの数だからね」って。
私にとってはあまりにも重みのある一言でした。
怒ってしまう毎日だからこそ、自分が機嫌良くいられる工夫を身につけるのが、今後10年は大事なのかなと思ったりしています。
いま、60代以降の人がいちばん元気ですよね。
50~80代が青春の時代になりましたよね。
私も子どもたちの手が離れて、その年代で旅行に行けるのを楽しみにがんばります。
取材・文/多賀谷浩子 撮影/下林彩子