仕事や家庭で、自分の言いたいことがうまく伝えられない。それは、「正しい伝え方」ができていないからかもしれません。そんな悩みが解決できるテクニックがまとめられた書籍『新装版「分かりやすい表現」の技術 意図を正しく伝えるための16のルール』(藤沢浩治/文響社)から、「正しく伝わる表現方法」を一部抜粋してご紹介します。
特定の集団内だけで使われる特殊なことば
あるスーパーの大型店で収納ボックスを買った時のことです。
どこに売場があるか分からず、居合わせた店員さんにたずねました。
「六階のカザツか、三階の家具売場にいらしてください」という答えでした。
その「カザツ」の意味が分からず「えっ?」と聞き返しても、ゆっくり丁寧ではありますが、「六階のカザツか、三階の家具売場にいらしてください」と繰り返します。
今から考えれば「カザツって、何ですか?」と聞き返せばよかったのでしょうが、店員さんがあまりに忙しそうだったので、それ以上たずねるのを遠慮し、「六階の売場は、商品がガサツに並べられているんだろうか......」などと考えつつ、ともかく六階に向かいました。
六階に来て分かりました。
カザツとは、どうやら「家庭用雑貨」の略語だったようです。
この店員さんは、特定の集団だけで使われている特殊な用語を、その集団以外の人に使ってしまったのです。
小学校一年生の息子の授業参観でこんな体験をしました。
授業の途中で、先生が「分かった人は挙手してください」と言いました。
ところが息子をふくむ大半の児童は、その意味が分からなかったのです。
「手をあげてください」なら一年生にも分かったでしょう。
その先生は、前年度まで六年生の担任で、つい用語を一年生のレベルに切り換えそこなったのです。
幼児なみの情報発信になっていないか
自分が使おうとすることばが、一般用語か、それとも特定集団だけに通用する特殊用語かを瞬時に判別するのは、なかなか困難です。
さらに、特殊用語なら、聞き手が理解できる同じ意味の一般用語に置き換えるという作業をさりげなくできる人は、表現の達人です。
凡人は、自分の心の中に浮かんだ言いたい事を、ただ、そのまま声に出すことで精一杯です。
幼児はよく「さっきね、さっちゃんがね、わたちのクマチャンを持ってっちゃったの」などと言います。
聞き手が「さっちゃん」という人物を知っているかどうかなどには配慮できません。
自分が知っている「さっちゃん」は、誰もが絶対知っている「さっちゃん」なのです。
自分の立っている視点から見える世界を、すべての人が共有している世界だと信じて疑わないのです。
幼児が聞き手に応じたことばを選び、「さっきね、わたしがいつも遊んでいる、となりの家の六歳のおねえさんの『さっちゃん』がね......」などと話したら、逆に、かわいげがありません。
そんな知恵がないところが幼児のかわいさです。
もちろん、自分たちの特定集団だけに分かる特殊用語を、ついつい集団外の聞き手にも使ってしまうことは誰にでもあります。
これは、私自身を含めた万人が陥りやすい落とし穴の一つです。
パソコン・マニュアルが分かりにくい原因の一つにも、書き手だけが分かっている特殊用語、専門用語の乱用があります。
専門バカと呼ばれる人種の書き手に「さっちゃん」の幼児と同じ心理が働いているのです。
「自分が知っていることは、誰でも知っているはず」という幼稚な前提から逃れられないのです。
他人の視点に立つ
情報の送り手は、受け手の人物像、プロフィールを設定し、それに応じた表現を選ばなければなりません。
マンションであろうと、車であろうと、雑誌であろうと、ある新商品を企画する場合、そのユーザー層を最初に設定し、それに応じた商品設計をしていくのと同じです。
「誰に売り込むのか」を最初に設定し、それに適した商品コンセプトを作り上げるわけです。
「分かりやすい情報発信」もまったく同じです。
こうなると、ある分野の専門家が必ずしも初心者に対する上手な説明者ではない、ということになります。
なぜなら専門家は、初心者の立場、発想に立つことがむずかしいからです。
自分が日常的に使っている専門用語になじみすぎているため、よほど強く意識していないと、その専門用語が素人には通じないことをつい忘れてしまうのです。
もっと気取らないで言えば、「分かりやすい表現」ができるかどうかは、どれだけ他人の視点に立てるかどうかにかかってきます。
他人に説明する場合、自分が専門家でも、自分とは異なる、受け手の視点に応じた適切なことばを選びながら、情報発信することが大切です。
お年寄りや体の不自由な方にとって暮らしよい住宅などを設計する際、そうした方々の立場(すなわち視点)を実感することが大切です。
しかし、元気な人には、それがむずかしいため、そうした方々の視点を疑似体験できる装置があります。
テレビなどで見た方も多いでしょう。
弱った足腰を実感してもらうため、体中に重りを巻きつけ、さらに弱った視力、狭くなった視野を体験してもらうための特殊なゴーグルなどを装着します。
こうして初めて、そうした方々の視野、世界を体験できるのです。
お年寄りや体の不自由な方々の疑似体験装置はあっても、専門家のための「素人擬似体験装置」はありません。
そのため素人の視点で情報発信することがむずかしいのです。
しかし、特殊な用語の乱用を防止する方法は、意外に単純です。
それは、最初に受け手のプロフィールを定義することです。
そして、その想定した受け手にとって理解不能な語彙、表現が使われていないかをチェックするしかありません。
これはなんでもないことですが、この当たり前のことができていない情報発信が街に氾濫しているのです。
商品の場合は「ターゲットは女子高生」などと、きわめて戦略的かつ緻密に対象が研究されます。
それが正しく的を射れば、商品はヒットします。
情報発信の場合も、同様に、戦略的かつ緻密に、受け手プロフィールを定義し、その視点に立って発信すれば、その情報は、きわめて分かりやすいものとなるはずです。
【最初から読む】大切なのはサービス精神!読み手への配慮がわかりやすさを生む
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ベストセラーの新装版。分かりにくい表現16の原因と解決方法を全4章で紹介しています