井上弘美先生に学ぶ、旬の俳句。4月は「麦の系譜」というテーマでご紹介します。
虹の輪のただ中にあり麦を刈る 中島斌雄(なかじまたけお)
「虹の輪」の中で「麦を刈る」という、収穫の喜びを自然が祝福しているような美しい句。
「麦を刈る」は初夏の季語です。
作者の中島斌雄は、次回から選者を務められる対馬康子(つしまやすこ)さんの先生。
1908(明治41)年に東京で生まれ、若くして俳句に出合い、38歳のときに俳誌「麦」を創刊しました。
1946(昭和21)年のことです。
「麦」は生活の糧であり、心の「糧」でもあったでしょう。
志の高い一誌です。
作者は俳人、国文学者として活躍、日本女子大学名誉教授。
1988年に逝去。
「麦」は対馬康子さんに引き継がれました。
さくら散る音が沈んでゆく水辺 対馬康子
各地から花便りが届くと、四季の豊かさが実感されます。
掲出句は「水辺」の風景。
満開の桜が散り始めて、水辺を彩っているのでしょう。
薄紅色の花びらに、「散る音」を感じ取っているところが詩的。
水中に桜の音が沈んでいるなど、誰も表現したことがありません。
視覚から聴覚へ、そして視覚へと転じつつ、幻想的で美しい世界へと読者を誘っています。
掲出句は『竟鳴(きょうめい)』所収。
「竟」は音が人に届くこと、「竟鳴」は届いた音がまた鳴ること。
俳句によって、人と人が響き合うことを祈念しての句集とのこと。
益々の活躍が期待されます。