映画『老後の資金がありません!』に天海祐希さん演じる主人公の姑・芳乃役で出演している草笛光子さん。浅草の老舗和菓子屋の女将として天真爛漫に生きてきた女性を、ユーモアたっぷりに演じています。今回の映画のエピソードや体力維持、今後挑戦したいことついて、お伺いしました。
夜中にひとりで考えたり読み物をするのが憩いのひとときです
そのままでいいと言われ、逆に悩んでしまいました
――前田哲監督には「役作りせず、そのままで」と言われたそうですね。
そんなことを言った演出家は初めてですね。
いつもは役と自分の間が開いていて、その隙間をどうやって埋めようか考えるのですが、逆に何もしないでと言われてしまうと「どうしたらいいのさ」って悩んでしまいました。
「あなたは何もしなくてもおかしいですから」ということらしいんですけど、自分ではいい女だと思っていたんです。
もうちょっと二枚目に近い人だと思っていたんですけど、台本を読んだらああいう感じでしたから、映画を観た人には、私がどういう人か分かられちゃうかしら(笑)。
たしかに、普段からいたずらするのとか好きなんです。
三谷(幸喜)さんもそういう方でしょう?
だから三谷さんとご一緒のシーンは、私は目をつむっちゃいました。
目が合ったら噴き出してしまいますからね。
そのおかげで、なんとか笑わずに我慢することができました。
――髪形や衣装はアイデアを出されたのですか?
考えましたね。
老舗の和菓子屋さんの奥さんだから、多分、普段からきものを着ていた人なのだろうと。
そういう人が洋服を着る場合、どんな洋服を選ぶかしらって。
そうしたら浮かんだんですよ、大きな花柄が。
柄物は結構使いましたね。
劇中使ったものはほとんど自前です。
真っ赤なスーツは用意していただいた衣装ですが、合わせた帽子は自分のもの......父が亡くなったときにかぶった帽子です。
髪形も、和服に合うだろう日本髪のテイストを入れたりしています。
こういうのは全部外側の問題ですけれど、そういうところからも入りますよね。
――〝生前葬〟のシーンでは越路吹雪さんの『ラストダンスは私に』を披露されていますね。
やだやだ、歌いたくないって最初すごく闘ったんです。
コーちゃん(越路さん)とは亡くなられるときまで長い間付き合った仲ですから、そのコーちゃんが歌っていた歌を歌うのはちょっとつらかったんですよね。
私には、彼女みたいに色っぽい歌い方はできませんし。
あと耳に補聴器を入れていますから、やっぱり以前のような感覚では歌えませんしね。
だから歌はやりませんって言ったのに、とうとう丸め込まれて歌わされてしまいました。
最後は開き直って補聴器を外し、生まれたままの私の耳で歌ってしまったんです。
そうしたら、それがOKになっちゃったのよね(笑)。
結果的に面白い経験になりました。
老後ってなんだかよく分からないんです
――映画のタイトルに〝老後〟という言葉が使われていますが、現役でご活躍中の草笛さんにとって老後とはどのようなイメージがありますか?
ときどき「老後になったらどうしようかしら」なんて言ってしまうんですけど、そうするとすかさず「もう老後だ」って言われるのよね(笑)。
だから老後という言葉が、なんだかよく分からないんです。
老〝後〟でしょう?
老いたその後ということなんでしょうけど、じゃあどこからが〝老いた〟なの? とか。
もっとうまい言い方ってないのかしら。
もちろん、若い頃とはいろいろ変わってきています。
いまいちばん困っているのは寝ることですね。
寝るのが下手になってきました。
でも、年だからとは考えません。
私は夜ひとりでいるのが好きな〝夜の女〟だから、夜中の3時、4時まで寝ないんです。
みんなが寝静まった後のシーンとしたところでいろんなことを考えたり、何かを見たり読み物をするのが好きなの。
昔からひとりで遊ぶのが好きな子どもでしたから、ひとりの時間が大事なんです。
ないと困ってしまう。
そこで「次やる役はどうしようか」と考えたり、「ようし、こうやってみよう」と閃いたりします。
夜中にやっている、雪の山だとか自然の風景が映っているテレビの番組を見るのも好きですね。
セリフも人間も出てこない、風景と音楽がひたすら流れているだけの番組なんですけど、それをじーっと見ているのがうれしいの。
憩いのひとときですね。
違いが分かるから苦しくてもやる
――役者業は体力勝負な面がありますが、体力はどうやって維持されているのですか?
パーソナルトレーナーについてもらって筋トレをやっています。
いまはちょっと大変な状況でしょう?
トレーナーの方に来てもらえなかった期間に体がなまってしまったの。
コロナ太りです。
いまは怒られながら戻しているところです。
そうすると、前よりうまくいかないところが出てきて泣きたくなりますね。
そんなときは「コンチクショウ!」って大きな声で怒鳴るんです。
トレーナーは容赦ないから「つらくたって我慢しろ!」なんて言うんですけど、私は「我慢したらできない!」って、もう怒鳴り合い。
はたから見たらケンカしているみたいよね(笑)。
最終的には自分との闘いですけど、やる前とやった後では確実に違いますから。
うちは三階建てなんですけど、筋トレの後は一階から三階までトットットッて軽やかに上がれます。
だけどやらない日は「よいしょ」って体が重い。
それぐらい如実に違いが分かるから、どんなに苦しくてもやるんです。
私はこう見えてすごく落ち込む人。
仕事でちょっとうまくいかないことがあるとぐーっと落ち込んでしまう。
そんな日は夜、ひとりでいるとつらくて、「ああ、明日が来なければいいのに」なんて思ってしまいます。
でも、そういうときこそトレーナーに電話をして「明日レッスンして」って言うんです。
次の日、その人とケンカごしで筋トレをやるでしょう?
終わったら、もうケロッとしています。
体だけでなく心のコンディションも一緒に整えてもらっているのかもしれませんね。
八十代には八十代の面白さがある
――今年87歳。新しく挑戦したいことはありますか?
この耳だから歌える歌と、曲の選び方があると思っているんです。
ただきれいに音やリズムを外さず歌えばいいのではなく、八十何歳が歌う歌って絶対にある。
そういうことをやるべき時期だなと思っています。
じつは少し前にそういうお話をいただいたのですが、いただいたメロディーが良過ぎて、すでに曲がしゃべっていたんです。
それ以上の歌詞をどうしても見つけられなくて、弱虫ね、逃げてしまいました。
でも必ずいましか歌えない歌を歌ってやろうと思っています。
この耳になったからこそ、八十代には八十代の面白さがあることが分かりました。
今回の映画も......うまく丸め込まれた感じはしますが、自分がいまやることを自分自身がいちばん面白がっているところがあるんですよね。
●衣装協力:ジャケット\69000、Tシャツ\27000 /ともにENFORD(A SPACE)、スカート\85000 /ANTEPRIMA( アンテプリマジャパン)、イヤリング\100000、リング右手
\165000、リング左手\83000、ブレスレットゴールド各\28500 /全てオートジュエラー・アキオ モリ、靴参考商品
●衣装問い合わせ先:オートジュエラー・アキオ モリ電03-5524-0027、A SPACE 電03-6675-5942、アンテプリマジャパン電0120-03-6962 ※全て税抜き価格
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取材・文/鷲頭紀子 撮影/吉原朱美