医療や技術の進歩により、これからは100歳以上生きる人というのも珍しくなくなると言われています。"人生100年時代"とも呼ばれる一方で、ますます重要となるのが「いかに健康に長生きできるか?」。俗に"健康寿命"とも呼ばれていますが、ただ長生きするというのではなく、いかに健康的に過ごせるか? というのが人類にとっての大きな課題となってきます。
そこでこれまで以上に重要になってくるのが"健康管理"。昨今、科学の分野で最も注目されている技術として、"人工知能(AI)"が挙げられますが、日々の健康管理においても役立てられることが期待されています。
そこで、人工知能研究における第一人者の1人として知られる、札幌市立大学理事長・学長の中島秀之先生に、健康管理における人工知能の活用の可能性と将来の展望についてお話を伺いました。
身近なところに入り込んできた人工知能
人工知能とは、"artificial intelligence"を日本語化した概念で、言語の理解や推論、認識、判断、問題解決などの人間の脳によって行われる知的活動を、コンピューターに行わせる技術。現在実用化されている技術としては、例えば、自然言語(日常の意思疎通のために用いられる言語)の解釈や翻訳、株式や天気のような複雑な現象の予想、チェスや囲碁などゲームにおける勝利や、複雑なパターンを画像認識したりといったものが挙げられます。
日本でも昨秋から次々と発売されている、Google Homeや、Amazon Echoといった"スマートスピーカー"も、人工知能が採用された商品のひとつ。スピーカーに話しかけることで、人工知能が言語を認識し、データベースから適切な応答を返すというものですが、こうした装置を通して、「AIはあらゆる分野において、今後も私たちの日常生活に身近に入り込んできていくでしょう」と中島先生。
なかでも期待されるのが、"セルフメディケーション"のジャンルです。例えば、健康診断の状況に応じて、AIがその人に適した健康増進や改善のためのアドバイスを行ってくれるなどの活用方法が考えられています。中島先生は「AIが今後、人の健康寿命を左右するようになるだろう」とも予測しています。
データの蓄積や反復学習により進化していく人工知能。
課題はシームレスな"センシング"
現状、AIの分野でも特に進んでいるのは、"ディープラーニング"と呼ばれる技術です。"ディープラーニング"とは、人間の脳神経回路を模したコンピューターに繰り返し機械的な学習を行わせることによってコンピューター自体が発達していき、人間の知能のようにデータに含まれる潜在的な特徴を捉えてより正確で効率的な判断ができるように進化していく技術のこと。日本語では"深層学習"とも訳されています。特に、画像からパターンを認識する能力は、すでに人間を超えていると言われています。中島先生によると、この技術を医療や健康管理に活用した最先端の事例としては次のようなものがあると言います。
「先端技術としては、デジカメで人の顔を写すと、皮膚の下の血管が見えるという技術もすでにあります。これにより、カメラで人を写すだけで、脈拍や血流量を測ることができるんです。こうした技術とディープラーニングを組み合わせることにより、将来的には顔の映像だけで血圧までわかるといったことも可能になると思います」
しかし、人工知能の精度を高め、進化させていくためには、まだまだ課題も大きいと言います。特にデータの蓄積が不可欠となる機械学習においては、「いかに本人に意識させずに、情報を検知・取得する"センシング"を行うかというのがカギ」とし、中島先生は次のように話しました。
「健康や医療の分野において人工知能をうまく活用していくためには、装置を装着したりわざわざ測る必要があるというかたちでは、だいたいうまくいきません。例えば鏡の向こうにカメラがあって、朝、顔を見ただけで健康状態がわかるとか、トイレの排水溝にセンサーがあって、流しただけで排泄物の状態をチェックできるとか。ベッドのマットに圧力計を付けておくことで無呼吸症候群がわかるという技術も、研究レベルでは実は昔からあるんです。先ほど例に挙げたカメラの技術や、AIそのものの技術ととともにそうしたセンシングの技術も並行して進化していくことで、ますます身近で便利なものになっていくと思います」
人間がただ寝ているだけで、トイレで用を足すだけで、朝、鏡の前で歯を磨くだけでも、おおよその健康状態がわかり、それに応じてコンピューターがアドバイスをしてくれる。かつてはSF映画の世界でしかなかったそんな日常生活は着実に現実に近づいてきています。寿命が長くなればなるほどに、生き方の豊かさが求められるこれからの時代において、人工知能の役割はますます大きくなっていくと思われます。
次回は介護とAIについて中島先生にお聞きします。
取材・文/神野恵美 撮影/松本順子
次の記事「AIロボットは"感情を持たない"からこそ介護の分野で活躍できる/人工知能の第一人者に聞く(2)」はこちら。
1952年、兵庫県生まれ。情報工学者。
1983年、東京大学大学院情報工学専門博士課程を修了後、当時の人工知能研究で日本の最高峰だった「電総研(通商産業省工業技術院電子技術総合研究所)」に入所。協調アーキテクチャ計画室長、通信知能研究室長、情報科学部長、企画室長などを歴任。2001年に産総研サイバーアシスト研究センター長、2004年に公立はこだて未来大学の学長となり、教育と後輩の育成、情報処理研究の方法論確立と社会応用に力を注ぐ。2016年3月、公立はこだて未来大学学長を退任し、同年6月から同大学の名誉学長となる。2018年3月に東京大学大学院情報理工学系研究科 先端人工知能学教育寄付講座特任教授を退任し、同年4月に札幌市立大学理事長・学長に就任。
近著に『人工知能革命の真実 シンギュラリティの世界』(ワック刊・共著)がある。