職場、恋愛関係、夫婦関係、家族、友人...。毎日自分以外の誰かに振り回されていませんか?
"世界が尊敬する日本人100人"に選出された禅僧が「禅の庭づくりに人間関係のヒントがある」と説く本書『近すぎず、遠すぎず。他人に振り回されない人付き合いの極意』で、人間関係改善のためのヒントを学びましょう。今回はその第26回目です。
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前の記事「呼吸を調え心の中で"呪文"を唱えれば怒りは鎮まる/枡野俊明(25)」はこちら。
一度受けとめてから自分の意見を述べる
人間関係を円滑に進めるために欠かせないのが、相手の立場を慮(おもんぱか)るということでしょう。話をするにしても、自分の意見ばかりを滔々(とうとう)と述べたて、相手の話は聞かないというのでは、対話が成立しませんし、関係にもひずみが生じます。
じつは、「禅の庭」をつくる際にも同じことがいえるのです。すなわち、対話が大切であり、"相手"を慮り、相手の伝えたいことを汲みとることが大事なのです。相手とはいうまでもなく、石や植栽などの素材です。
たとえば、石には天、地、顔、裏があります。天とは据えたときに上にくる部分、これを天端(てんば)といいます。地は大地に埋める部分、顔は表情がいちばん豊かな面、裏はその反対側の面です。石のどこがそれらの部分にあたるかは、石に聞いてみなければわかりません。
あらゆる方向から石を眺め、石が伝えようとするところを汲みとる。石と対話をして石心を読むわけです。まず、最初におこなうのがその作業です。こちらが主導権を握って、一方的に「顔はこちら、天はここ......」というふうに決めてしまうと、読み違えることにもなり、結果的に失敗します。
もちろん、こちらにも感覚がありますから、顔の向きにしても、対話を続けながら、石心と作者である私の感覚を微調整するなかで、「よし、この向きにしよう」という着地点を探っていくことになります。木についても同様。木と対話をして木心を読みます。
人間関係でも、まず相手の話をよく聞くという姿勢が大切でしょう。この頃は自己主張をする傾向が強く、「自分が、自分が」ということになりがちですが、双方が自己主張をぶつけ合ったのでは、平行線のまま終わってしまうことにもなります。それでは相手を理解することができませんし、こちらを理解してももらえません。
日本人はもともと「和」を大切にする民族です。意見の違いがあっても、徹底的に相手をやり込めるのではなく、相手のいいところは認めていくという懐の深さがあるのです。
白か黒か、正か邪か、という捉え方はしない。これは仏教の「中道(ちゅうどう)」という考え方に沿うものです。つまり、白なら白、黒なら黒、というふうにどちらか一方に偏ることはしないのです。
グレーゾーンを容認する曖昧さともとれますが、曖昧であることは必ずしも悪いことではない、と私は捉えています。自分の正しさをただいい募るのではなく、相手にも一理があることを受け容れることは、相手をとことんまで追いつめない、また、傷つけない寛容さでもあると感じるからです。
仕事やプライベートでの意見交換や対話の場面でも、いったん相手を受けとめる姿勢があるかどうかで、相手がこちらに対して抱く印象はまったく違ったものになります。たとえば、上司と意見が食い違っているというケースでも、「課長、それは違うと思います。こう考えるべきじゃないですか?」と対応したのでは、立てなくてもいい波風を立てることにもなります。相手には上司としての体面もありますし、反感を買うのは必至でしょう。もちろん、自説はあっていいですし、それをきちんと伝えることも大事ですが、伝え方には相手を慮るところがあってしかるべきでしょう。
「課長のおっしゃることはわかります。ただ、こんな考え方もあるのではないでしょうか?」前の伝え方との差は歴然です。上司もこちらの意見に耳を傾けてくれるのはいうまでもありません。
道元禅師は「同事(どうじ)」ということをおっしゃっています。自分と相手を分けることなく、相手の立場に立って物事を見たり、考えたりする、ということです。発する言葉もそうです。「こんな言葉をいわれたら、このようないい方をされたら、自分はどう感じるだろうか?」
浮かんだ言葉をそのまま口にするのではなく、いったん、いわれた側になって考えてみる。すると、おのずから言葉の選び方、いい方に工夫が生まれます。それが人間関係をやわらかなものにするのです。
1953年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、多摩美術大学環境デザイン学科教授、庭園デザイナー。大学卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行い、国内外から高い評価を得る。2006年「ニューズウィーク」誌日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。主な著書に『禅シンプル生活のすすめ』、『心配事の9割は起こらない』(ともに三笠書房)、『怒らない 禅の作法』(河出書房)、『スター・ウォーズ禅の教え』(KADOKAWA)などがある
『近すぎず、遠すぎず。』
(枡野俊明/KADOKAWA)
禅そのものは、目に見えない。その見えないものを形に置き換えたのが禅芸術であり、禅の庭もそのひとつである。同様に人間関係の距離感も目に見えない。だからこそ、禅の庭づくりに人間関係のヒントがある――「世界が尊敬する日本人100人」に選出された禅僧が教える、生きづらい世の中を身軽に泳ぎ抜くシンプル処世術。