呼吸を調え心の中で"呪文"を唱えれば怒りは鎮まる/枡野俊明

呼吸を調え心の中で"呪文"を唱えれば怒りは鎮まる/枡野俊明 pixta_17501876_S.jpg職場、恋愛関係、夫婦関係、家族、友人...。毎日自分以外の誰かに振り回されていませんか?

"世界が尊敬する日本人100人"に選出された禅僧が「禅の庭づくりに人間関係のヒントがある」と説く本書『近すぎず、遠すぎず。他人に振り回されない人付き合いの極意』で、人間関係改善のためのヒントを学びましょう。今回はその第25回目です。

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前の記事「田舎での1週間集団生活は、恰好の人間関係トレーニングの場/枡野俊明(24)」はこちら。

 

自分を律するクセをつける

心地よい人間関係を築き、また、保っていくために絶対に必要な要件は何でしょうか。真っ先にあげたいのが「自分を律する」ということです。感情のおもむくままに発言したり、ふるまったりしていたのでは、人間関係に軋轢(あつれき)が起こりますし、亀裂も入ります。

たとえば、腹が立ったら相手を罵倒し、攻撃的な態度をとる、という人と付き合っていきたいと思う人はいないでしょうし、何ごとにおいても自分の我を通そうとする、といった人を友人にしようと考える人はいないはずです。

自分を律することができる、自己抑制が効く、ということは人間関係を築くうえでの基盤だといってもいいでしょう。

うまく自分を律することができるようになるには、日頃からさまざまな場面、局面で、意識してそのようにつとめることが大事です。

卑近な例でいえば、買い物です。目についたものがほしくなったら、矢も盾もたまらなくなって、つい買ってしまう。そう、衝動買いですが、これは自己抑制が効かない買い物の典型でしょう。ですから、それをやめる。

その方法として有効なのは、ほしいという「思い」をいったん家に持ち帰り、冷静になって考えることです。「ほんとうにほしいものなのか、いま、何としても必要なものなのか」をじっくり考える時間をもつことで、抑制力は確実に高まります。

そして、常にこの手順を踏むことを自分の買い物のスタイルにすれば、衝動買いをすることはなくなりますし、自分を律する力も鍛えられていきます。

怒りが湧き上がってきたときも、自分を律するのが難しい局面です。「怒りでわれを忘れる」といういい方があるくらいですから、抑制のタガが外れて、感情が露(あらわ)になりやすいのです。

怒りをその場で鎮めるには、何といっても「呼吸」です。背筋をスッと伸ばし、丹田(おへその下、7.5センチあたり)を意識して、鼻で深い呼吸を数回繰り返すのです。丹田から息を吐ききり、吸い込んだ息を丹田にまで落とす。そのイメージでおこなってください。

禅に「調身(ちようしん)」「調息(ちようそく)」「調心(ちようしん)」という言葉があります。姿勢を調えれば、呼吸が調い、その二つが調うことで、心も調うという意味です。つまり、姿勢を正し、深くゆっくりした呼吸をおこなうことで、怒りが渦巻いている心も鎮まって、穏やかなものとなるのです。静かで穏やかな心が抑制の効いたふるまいにつながるのは、いうまでもないでしょう。

これは私の著書でも何度か紹介した方法で、曹洞宗大本山總持寺(そうじじ)の貫首をしておられた板橋興宗(こうしゅう)禅師の受け売りですが、これにはさらに、怒りを鎮める最終仕上げがあります。

呼吸を調えたのちに心のなかで"呪文"を唱えるのです。板橋禅師は「ありがとさん、ありがとさん、ありがとさん」と三度唱えるそうですが、どんな言葉でもいいのです。

「怒らない、怒らない、怒らない」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
「にこやかに、にこやかに、にこやかに」......。

みなさんそれぞれで、いちばんしっくりくる言葉を考えて実践してみてください。

ここでは買い物と怒りについて、自分を律するための方法を述べましたが、日常生活のなかには自分を律する力を鍛錬する機会がいくらでもあります。うれしいことがあったときも、有頂天になってあまりにはしゃぎすぎると、周囲の顰蹙(ひんしゅく)を買います。ここでも自分を律することが求められます。

「喜びは胸の内にしまっておいて、平静なふるまいをしよう」そんなふうに自分にいい聞かせることも、自分を律する力をつけることにつながっていきます。禅は何より実践を重んじます。随所で鍛錬につとめてください。すると、自分を律することを身体が覚えます。ことさら意識しなくても、必要な場面、局面で自分を律することができるようになる。自分を律するクセがつく(律することが習慣になる)わけです。

きちんと身についた習慣は、もはや人格そのものです。いつも自分を律することができる人。それは、どのような人間関係においても、大いなる魅力にも、武器にもなるにちがいありません。

  

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枡野俊明(ますの・しゅんみょう)

1953年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、多摩美術大学環境デザイン学科教授、庭園デザイナー。大学卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行い、国内外から高い評価を得る。2006年「ニューズウィーク」誌日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。主な著書に『禅シンプル生活のすすめ』、『心配事の9割は起こらない』(ともに三笠書房)、『怒らない 禅の作法』(河出書房)、『スター・ウォーズ禅の教え』(KADOKAWA)などがある

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『近すぎず、遠すぎず。』
(枡野俊明/KADOKAWA)


禅そのものは、目に見えない。その見えないものを形に置き換えたのが禅芸術であり、禅の庭もそのひとつである。同様に人間関係の距離感も目に見えない。だからこそ、禅の庭づくりに人間関係のヒントがある――「世界が尊敬する日本人100人」に選出された禅僧が教える、生きづらい世の中を身軽に泳ぎ抜くシンプル処世術。

 
この記事は『近すぎず、遠すぎず。他人に振り回されない人付き合いの極意』からの抜粋です

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