「やりたいけど、まあいいか...」いろいろなことを先延ばしにしがちなあなたに、生きるためのヒントをお届け。今回は、3500人以上のがん患者と向き合ってきた精神科医・清水研さんの著書『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(文響社)から、死と向き合う患者から医師が学んだ「後悔しない生き方」をご紹介します。
「もうだめ」と思ってから出てくる強さがある
「案外、思っていたより自分は強いものですね」
そんな言葉も、よく患者さんからお聞きします。
50代で乳がんになられた辻百合子(仮名)さんは、診断されたときは肝臓、首の骨に転移があり、根治することは難しいと伝えられました。
しかも首の骨の転移は徐々に視神経を圧迫したために、ある日右目だけが動かなくなり、ものが二重に見えるようになってしまいました。
辻さんは病気がわかる2年前までは毎年検診を受けていたのですが、たまたまその前の年は忙しくて受けられず、そのことが悔しくて最初は自分に腹が立って仕方がなかったそうです。
ただ、娘さんの結婚式を4か月後に控えていたので、「娘の晴れ姿を見るまでは頑張って生きよう」という目標を道しるべに、何とか病気と向き合うことにしたそうです。
娘さんの結婚式の準備や仕事の忙しさもあり、1か月ぐらい経つと、それまでは常に頭の中にあった「どうしよう」という考えが、少し遠のく時間が増えていきました。
この頃は「生きよう」と前向きに考えるときと、「私はがんで、体中に転移があるんだ」という現実に引き戻されて絶望的な気持ちになるときを、行ったり来たりしていたそうです。
絶望的な気持ちになるときは、悲しくて仕方なく、友達や夫の前で思いっきり泣いていたそうです。
結婚式も終えて少し肩の荷が下りたとき、ちょっとまた心境が変わられたそうです。
今も「がんになっちゃったんだから仕方がないよ」というあきらめのような気持ちが根底にはあるそうです。
しかし、仕事で周囲が気遣ってくれて自分の居場所を感じるとき、友人が心配してくれるとき、83歳になる両親が自分のことを心配してくれるときなど、「穏やかな日々をすごすことは難しいかもしれないけど、この日常が1日でも長く続くように頑張ろう」という前向きな気持ちが湧いてくると話して下さいました。
そして、今の辻さんの道しるべは、「少しでも長生きして、両親のことを見送ってあげたい」ということです。
がんになったときの希望を見出せなかった自分の心境を思い出して、「時間が経つ中で、自分はけっこう強くなったな、なんとかやっていけるものだな」と思われるようになったそうです。
他にも50代で胃がんになった女性の方はこんなことを語って下さいました。
「これまで私の人生はおかげさまでずっと順調でした。がんになり、想像以上の苦しみがあったけれど、それを乗り越えたことで、なんだか一つの修羅場を潜り抜けられたような気がしています。するとね、変な自信が生まれてきたんです。目の前のことを必死にやってきたら、ここまで来られた。へこたれずに頑張ったじゃん、って自分のことを褒めてあげたくなったんですよね」
そして「それまで体験したこともない大きな山をなんかいつの間にか登ってたわ、そんな感じです」とも話して下さいました。
「ここまでやってきた自分って、たいしたものだな」と気づくことが自分自身に対する見方を変えますし、自信を持てるようになります。
私はそこに人間の強さを感じます。
※事例紹介部分については、プライバシー保護のため、一部表現に配慮しています。なお、登場する方々のお名前は一部を除き、すべて仮名です。
【最初から読む】がん患者専門の精神科医が伝えたい「人生で一番大切なこと」
【まとめ読み】『もしも一年後、この世にいないとしたら。』記事リストはこちら!
病気との向き合い方、死への考え方など、実際のがん患者の体験談を全5章で紹介されています