自ら認知症になった「認知症専門医」が発見したこととは...⁉「認知症の7つの心の準備」

誰もが無関係ではないけれど、なかなか理解しづらい「認知症」。でも、その理解の手がかりとしてぜひ知ってほしい「心の準備」があります。それは認知症専門医で、認知機能テスト「長谷川スケール」開発者である長谷川和夫医師の言葉です。

長谷川医師は書籍『ボクはやっと認知症のことがわかった』(KADOKAWA)で「自らも認知症になった」ことを公表。認知症になってからの「普通の生活」で感じることと新しい発見を綴られています。

共著者である読売新聞東京本社編集委員の猪熊律子さんにお聞きした、長谷川医師の言葉が導いてくれる「認知症の7つの心の準備」をご紹介します。

【心の準備①】

昨日の自分と今日の自分は続いている。

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ある日、認知症と診断されたからといって、その人が突然、「別人」になるわけではありません。

判断力が低下したり、外に出て行ってしまったり。

そういったことに戸惑うかもしれませんが――「認知症の人と関わりを持った経験が少ないと、『この人は認知症の人だから』という態度で対応しがちです。

ときに『何も分からない人』として心の中に壁をつくることも。

けれど逆の立場からすると、急に『あちら側の人』として扱われるのは理不尽です。

もっとも多いアルツハイマー型の認知症は、脳に異常なたんぱく質がたまって発症するといわれます。

専門家の話では、ご本人は『何かおかしい』と感じているそうで、やがて家族にも分かるような言動として現れますが、毎日少しずつ変化を重ねて今日があります。

長寿社会では、誰もが認知症になる可能性があり、早期発見の例も増えました。

『認知症です』という人を前に、その人の人生を尊重して、『そうですか』と受け入れることができるといいですね」

【心の準備②】

日によって気分によってグラデーション。

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長谷川先生が認知症の当事者になって初めて分かったことの一つが、症状は「固定されていない」ということ。

変動があり、普通のときとの連続性があるのです。

「長谷川先生の場合は、朝は頭がすっきりしているそうです。取材を受けたり、相談事にのったりもできます。ところが13時くらいからだんだんとぼんやりしてきて、夕方には疲れを感じるそうです。昔から『夕暮れ症候群』といって、黄昏時、認知症の人は不安を見せたり、出歩いたりすることが知られていました。

ただ、出歩くことも、事情を聞くと、本人は校長先生だったから下校の見守りに行きたかったなど、理由があることが多いようです。

健康な人でも気分には差があり、私たちはそこに配慮しながら人間関係を築いています。感情のグラデーションを許容することは、人づき合いの基本といえるのではないでしょうか」

【心の準備③】

認知症じゃない人も間違う。

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人はそれぞれ違い、それぞれ尊い存在です。

認知症になると、何も分からなくなるわけではなく、感情は生きています。

褒められればうれしく、嫌なことがあれば傷つくことを心に留めおきましょう。

「認知症の人と関わる人を見て、『厳し過ぎるのでは...』と思うことがあります。失敗に対して、声を荒らげて叱りつけたり、子ども扱いをしたり。もしかすると、頼りにしていた人の思いがけない言動にショックを受けて、ついそういう態度をとってしまうのかもしれません。

冷静に考えると、健康である自分たちも日々、間違いを繰り返しています。でもそれを厳しく叱りつけたりはしないはず。

笑ってやり過ごしたり、次には間違いが起きない工夫を互いに相談することも大事だと思います」

【心の準備④】

「何をしたいか?何をしたくないか?」を聞く。

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認知症になると判断力が低下しますが、本人は自分なりに考えごとをしています。

周囲の人は「今日はデイサービスに行きましょう」など、「こうしましょうね」という提案を持ちかけがちですが...。

「親切だと思って、『今日は散歩に行きましょう』『運動しますよ』と声をかけることは多いと思います。

ところがご本人にインタビューをすると、実はご自分でもいろいろと考えていて、例えば『今日は一日音楽を聴こうかな』と思っている。ところが、別のことを話しかけられると、そちらに集中しなければならないので、自分で考えていたことがどこかへ行ってしまうそうです。

長谷川先生は、それはとても不本意なことだとおっしゃっていました。

相手を尊重して、『何をなさりたいですか』だけでなく、『何をなさりたくないですか』も聞くようにしたいものです」

【心の準備⑤】

その人に時間を差し上げる。

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認知症の人に何か質問をして、すぐに返事が返ってくることはないかもしれません。

たとえシンプルな、答えやすい質問をしたとしても、待たなければなりません。

そんなとき、イライラしてしまいがちですが、思い出したいのは、認知症の人ももどかしく感じているということです。

ゆっくり待ちましょう。

「昨今の社会は、素早く、効率良く物事を進めることがよいとされていて、私たちはそのスピードに慣れています。けれど、相手を尊重して話を聞くのであれば、必ず待つことがセットになるんですね。長谷川先生はそれを『時間を差し上げる』といいます。

時間を差し上げているのだと思って、相手から言葉が出てくるのを待ってほしいというのです。

返事を催促するなどして焦らせないこと。これは健康な人同士のコミュニケーションにおいても重要なことだと思います。ゆっくりと待つことが覚悟できていると、相手も安心して話しやすいのです」

【心の準備⑥】

生活をシンプルに分かりやすくする。

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認知症の人は、同時にいくつものことを理解するのが苦手です。

一時に一つずつ。

トイレや寝る場所は分かりやすくしましょう。

「昨年、スウェーデンでシルビア王妃に認知症に関するインタビューをしました。シルビア王妃は、お母様が認知症だったことから、認知症の普及啓発に熱心に取り組んでいらっしゃいます。そこで強調されたのは『認知症の人を感情的に困難な状況に置かないことが大事』ということでした。分かりやすい例として、『白身の魚は白い皿に置かない』。この場合は、皿の色を変えます。

ある介護施設のインテリアは、認知症の人が好む赤を中心に、家具にはコントラストをつけてありました。

便器を赤くすると『ここがトイレだ』とはっきりと分かり、トラブルが減るそうです。生活環境も、質問も、シンプルに。そうすると当事者の混乱を減らせます」

【心の準備⑦】

小さなことも笑って暮らす。

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認知症になれば、つらく、表情も曇りがちです。

でも長谷川先生は、2004年、認知症になった男性から「笑いは大事です。家では笑いが絶えません」と聞き、「本当だろうか」とその人の家をたずねます。

すると、「先生が来たからコーヒーをいれよう」と言ってはニコニコ。

夫婦で何でもないことを笑い合っていたそうです。

「認知症の専門医の話では、心身の状態は、認知症の症状に大きく影響するそうです。うつ的な気分やストレスは認知症になるリスクを高めるともいわれます。

反対に、笑ったり、触れ合ったり、運動をしていたりすると、脳の機能は向上するそうです。

まだ認知症になっていない、私たちの生活でも思いあたることがあります。できるだけ笑って、心をほぐすことを忘れずにいたいですね」

取材・文/三村路子 イラスト/山村真代

 

教えてくれたのは…

読売新聞東京本社 編集委員
猪熊律子(いのくま・りつこ)さん
1985年に読売新聞社入社、社会保障部長を経て編集委員に。専門は社会保障。著書は、長谷川和夫医師との共著『ボクはやっと認知症のことがわかった』(KADOKAWA)など。

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『ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言』

(著/長谷川和夫、猪熊律子/KADOKAWA)

1,300円+税
「長谷川式スケール」の生みの親で認知症専門医が、認知症になってから綴った、〈普通の生活〉で感じることと新しい発見。

この記事は『毎日が発見』2020年5月号に掲載の情報です。

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