年齢を重ねるとだんだん気になるのが、親や自分に訪れる「認知症」の可能性。ですが、ボケてしまうことよりもっと怖いのは、「老化に伴ううつ病」だと老年精神科医の和田秀樹医師は言います。そこで、和田医師の著書『「脳が老化」する前に知っておきたいこと』(青春出版社)から、老いを迎える前に知っておきたい「心の老化」と「老い支度」について連載形式でお届けします。
「心の老化」への準備はできていますか
だれでも老後は不安です。
老後の不安は漠然としていますが、そのうちにやってくることはうすうす感じています。それなのに、肝心の「老後の準備」=「老い仕度(じたく)」は万全とはいえない、だからなおさら不安なのです。
60歳以上の男女への調査では、日常生活でもっとも大きい不安は「健康や病気」で約68%、「寝たきりなどで介護が必要になる」約60%、「収入が不安」約34%、「子や孫の将来」約29 %などです(内閣府「高齢者の日常生活に関する意識調査」2014年度)。
国立長寿医療研究センターの同様の調査でも、8割以上の人が「高齢者になるのは不安」と答え、その不安の内容は、「寝たきりや認知症になって介護が必要になること」が78%、「病気になること」72%、「収入がなくなること」68%などでした(20代から70代の男女、約2千人の調査。04年)。
この調査では、心配な「病気」は「がん」が77%、「認知症」が70%で、4割の人が「長生きしたくない」とも答えています。
人は本当は長生きしたいものです。ところが、自分が高齢になったときのことを考えると、「長生きしたくない」と思ってしまうほど不安がつのるのです。
問題なのは、多くの人が「老後に不安」を抱いているのに、そのための「予防や対策」をしっかりしていないことでしょう。
「病気」「寝たきり」「認知症」「介護」「生活費」と考えれば考えるほど、どんどん不安がつのるのに、その準備はほとんどといっていいほどできていません。
だれにでも訪れるのが「老化」です。脳にも体にも老化による変化が起こります。なかでも、とくに忘れられがちなのが「心の老化」の「予防と対策」です。
ボケはだれにでも起こる
がんの予防や対策のためには、多くの人が食事に気をつけたり、検診を受けたりしますが、先のアンケートでがんの次に不安とされた「認知症(ボケ)」予防と称する「脳トレ」をやる人はいても、そのほかの「心の老化」への「予防と対策」を行っている人はほとんどいないでしょう。
多くの方が心配する認知症、ボケですが、とても「漠然とした不安」です。なぜかというと、そこには大きな誤解があるからだと思います。
いちばんの誤解は、「認知症、ボケが出たら、その後の人生は不幸だ」というものでしょう。
認知症、ボケは、だれにでも起こりますが、どんなにボケても幸せに過ごしている人はたくさんいます。そして、だれにでも起こるけれど、なったときの備えさえしていれば、それほど大きなトラブルが生じることはあまりないのです。
実は、85歳を過ぎると、ほぼ全員の脳にアルツハイマー型の変化が起こることを、年間100例以上の高齢者の脳の解剖を行う浴風会病院に勤務中に経験しました。
また、厚生労働省のまとめでは、「認知症」については、85歳以上の方の40%強がテスト上は認知症と診断されるとされています。
70~74歳では認知症有病率は4.1%です。ところが、80~84歳で21.8%、85~89歳で41.4%と倍増します。
そして、90~94歳では61%となり、95歳以上となると実に79.5%の人が認知症と診断されるという数字があるのです(厚労省「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」平成23~24年度)。
90歳以上だと約6割の人が認知症になるのですから、これは「受け入れる」ほかないでしょう。ただし、認知症は急にくるものではなく、ゆっくりと進むものですから、むやみに怖がることはないのです。
それは「感情年齢」の老化から始まる
私は、精神科医として30年以上にわたって高齢者医療を専門とし、さまざまなケースに接してきました。体の健康のほかに、認知症、うつなどの数々の「心の問題」と「脳の問題」を診てきています。「年を取ると、何が起こるのか」を長年見てきたのです。
そして、多くの方々にアドバイスをしてきたことから、みなさんの「不安」への具体的な「予防と対策」をいくつかお伝えできると思います。
その経験からまずいえることは、多くの人の老化は「感情の老化」から始まる、ということです。
たくさんの高齢の方々を診てきて、感情機能や自発性、そして意欲を司る脳の「前頭葉」の働きが低下することで、人は「感情年齢」が高齢化し、そのために体全体に老化が進んでしまうことに気づいたのです。
序章から4章にわたって老化と心の関係、対処法について解説。幸せに年を重ねる方法論が分かります