「不老」や「若返り」は人類が夢見る恒久の願い。しかし、老化学研究の最先端をもってすれば、それも夢ではないかもしれません。いまや、老化のコントロールさえも現実のものとなりつつあるというのです。生命科学博士の早野元詞氏が著した『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』より、エイジング研究の最前線をお届けします。
※本記事は早野元詞著の書籍『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』(朝日新聞出版)から一部抜粋・編集しました。
ジェネティックとエピジェネティック
遺伝子の働きは実に不思議です。
父親と母親から全く同じDNA配列を受け継いだ一卵性の双子であっても、性格や顔つきも変わっていきますし、寿命も異なります。科学者として少々ふさわしくない表現をしますと、「遺伝子は、柔らかい/柔軟性が高い」ように見える。だからこそ、ますます興味深い。遺伝子こそまさに、動的変化の主役だといえます。
これまでに述べた通り、先天的な要因(= 遺伝)がヒトの老化に与える影響は2割弱といった程度です。つまり、残り8割ほどが後天的要因(= 環境)であるならば、その変化を解明すれば、老化という動的変化の8割がたのイメージはつかめるということです。しかし、そうなかなかすっきりとはいかないのが、遺伝子の不思議なところです。本章では、「ジェネティック」と「エピジェネティック」を起点にしながら、その老化の核心をさらに見つめていきたいと思います。
「ジェネティック(genetic)」の説明から始めましょう。英語の遺伝子「gene」に「-ic」(~のような)という接尾辞が付いた形容詞で、「遺伝の」「遺伝的な」「遺伝に関わる」という意味になります。
そもそも遺伝子とは何か。
ヒトの身体をコンピュータに喩えれば、遺伝子はそれを動かすプログラムに当たります。私たちの身体は遺伝子の指令によって生きているからです。簡単にいえば、その遺伝子の指令によって、私たちが生きていくためのさまざまなタンパク質が作られる。その働き者の遺伝子(タンパク質を作るレシピ)は、体内の全ゲノムDNAの約1.5%に相当します。ちなみに残りの約98%のDNA配列は、エンハンサーやプロモーター配列など遺伝子の使い方を調整する機能を持つものから、未だに機能不明な配列まで、最前線の研究課題です。
それに対して、「エピジェネティック(epigenetic)」は、「ジェネティック」にギリシア語で「上」を意味する「エピ」が付いた言葉です。すなわち、「遺伝的な」ものを「超えた」領域を意味します。
この言葉はどのように使われるのでしょう。たとえば、遺伝子の働きを制御するスイッチの「オン/オフ」は、「エピジェネティックな変化」と呼ばれます。これらの変化は、DNAに起きるものの、DNAの塩基配列そのものを変化させることはないので、「エピジェネティックな修飾」ともいわれます。そしてこれらの修飾は、総じて「エピゲノム」と呼ばれています。
すでにお気づきだと思いますが、食事や運動など生活習慣による人体の後天的な変化は、このエピジェネティックな修飾が大きく関わっています。遺伝子の「オン/オフ」スイッチの発動が、動的変化を引き起こすからです。ゆえに老化研究の鍵は、この「エピジェネティックの解明」だとされているのです。