エピゲノム変化による老化
「The Information Theory of Aging」にある後天的な変化、すなわちエピジェネティックな修飾による老化とは、具体的にどのようなものでしょう。
たとえば、紫外線や酸化ストレスといったものは、身体にエピジェネティックな修飾を引き起こします。皮膚が硬くなってシワが出る。身体も柔軟性がなくなり、頭髪も薄くなる。これら一連の加齢による変化は、遺伝子レベルで起きている、エピジェネティックな修飾によるものです。
中でも影響の大きいのが、フルに活動している幹細胞です。具体的にはエピジェネティックな修飾によって、幹細胞の遺伝子発現の仕方が変化するのです。レシピ本で喩えるならば、参照するべきページが変わってしまい、作ろうとしていた料理ができなくなる。押入れで喩えれば、本来使うべき道具ではなく、間違って別の道具を使ってしまい、きちんと掃除できなくなる。これがエピゲノムです。
それに対し、何らかの原因によってDNAそのものが損傷するなど、DNA配列自体に変化が起きる現象をミューテーション(変異)と呼びます。ミューテーションでは、DNAを構成している4つの塩基A、T、C、Gのどれかが、別の塩基に置き換わります。あるいは、ある塩基が抜け落ちたり、新しい塩基が加わったりもします。これもレシピ本や押入れの喩えで説明するなら、レシピとして書かれている文字が変わってしまったり、押入れの中に入っている掃除機がホウキやチリトリになってしまうのです。ミューテーションによって生じる典型的な病が、がんです。
エピゲノム変化――DNAそのものを損傷せずとも、遺伝子の「オン/オフ」(= 発現)に影響を与える変化――は「RCM(Relocalization of Chromation Modifier : 染色体修飾因子の再配置)モデル」と呼ばれ、人体はそれによって罹患したり、老化が進んだりします。また、ミューテーションによっても老化は起こります。ということは、エピゲノム変化やミューテーションを起こさないようにすれば、老化も抑えられるというわけです。
どうすれば、エピゲノム変化を抑えられるのか。
たとえばメバルの一種にロックフィッシュと呼ばれる魚がいます。ロックフィッシュの中には、200歳ぐらいまで生き続けるものがいます。
なぜ、そんなとてつもない長寿を保てるのか。どうやらロックフィッシュたちは、長寿に関わる遺伝子のネットワークを備えているようです。この遺伝子のおかげでエピゲノムやミューテーションが起こりにくい。だから年老いたりしない、すなわち長生きできるというわけです。
しかもロックフィッシュは、基本的に深海に生息しています。深海は周囲の温度が低く、酸素濃度も低い。そんな環境では生き物はあまり動き回らないため、酸化ストレスなどからも守られているようです。
一方で私たちヒトは、遺伝子レベルで見れば、本来の寿命は40~50年ぐらいに設計されているようです。心臓を動かしている心筋細胞も、本来の寿命は55年ぐらいとされています。もちろん、人体のパーツの中には角膜のように、100年ぐらい保つものもあります。けれども、心臓や肺など四六時中動いている臓器は、それだけ早く疲弊してしまうのです。