故郷のかるた絵が話題に。94歳の水墨画講師・鈴木やよひさん「かるたが紡ぐ幸せの輪」

新しい時代・令和も元気に活躍されている90代の皆さん。お生まれになったのは、大正や昭和一桁の時代です。大正から昭和、平成、そして令和へと――。数多くの経験に基づいたお話は参考にしたいことばかり。今回は、94歳で水墨画講師の鈴木やよひさんに、いくつになっても日々はつらつと暮らすための考え方を伺いました。

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50歳で始めた水墨画で心を開放させる

鈴木やよひさんが暮らすのは、奈良県大和郡山市。

かつて豊臣秀吉の名参謀役といわれたその弟・秀長も居城した郡山城跡の天守台がある元城下町です。

街並みの風情はうららかで、築88年というやよひさんの家も昔ながらの町家。

幼少期から、女学校時代も結婚してからも、人生の大半をここで過ごしてきました。

50 歳でスタートした水墨画もまた、街と無縁ではありません。

やよひさんの絵が広く知られるようになったのは、2004年、大和郡山の市制50周年のとき。

市民が詠んだ史跡やお祭りなど市井の行事、暮らしにまつわる句を絵札に描き、『やまと郡山かるた絵』を完成させて話題となりました。

"あ"から"わ"まで44枚を描き終わるまで1年と少し。

仲間たちの手を借りながら、ボランティアで印刷や箱詰めまでこなして、近所の幼稚園に贈ったそうです。

「"へ"の句は『平和の街です 人情豊か 思いやりある郡山』。絵は敬老会で出会った人たちの笑顔にしました。"る"の句は『ルールを守って金魚すくい大会』。大和郡山は金魚の養殖が盛んですから、元気な金魚を泳がせました(笑)。どの絵札も、心のままに表現した私の世界です」

1枚の絵から人の輪と幸せが広がっていく

楽しいかるたの物語には続きがあります。それは、幼稚園に寄贈して以降、桃の節句の時期に恒例となった、園児たちとのかるた取り。

「居間を開放して、わが家にある江戸時代中期作の古い雛人形を飾って、その前で一緒に遊びます。子どもはいいですね。かるたが取れれば笑って、取れなければ泣いて...。無邪気な表情を見るだけでうれしくなります。絵が私のものかどうかは大したことではないんです。大人になったとき、故郷を思い出してくれればそれで十分」

ほかにも、大和大納言と呼ばれた豊臣秀長の物語を絵巻物にまとめ、菩提寺・春岳院に寄贈。

健やかな日々を願って描いた薬師如来像を希望者に差し上げることもあります。

幸せは一人ではなく、みんなで分かち合うもの。

そんな懐の深さが伝わるエピソードです。

「いまこんなふうに水墨画を描いていますが、私は美術学校を出たわけではないんですよ。きっかけは小さな縁。小学校時代の先生に宛てた年賀状の絵を思いがけなく褒めれ、描き方を教えてほしいと言われてね」

当時、NHKの目にも留まって取材を受け、それから本格的にのめり込んで、やがて大勢の生徒が集まるまでになりました。

その一方で、大和郡山市日赤有功会の会長として、また、更生保護女性会では相談役としても活動。

どちらも生きがいといいますからあっぱれです。

いつでもどんな場面でも、根底にあるのは他者への思い。

そこで生まれたつながりに導かれるように、前に進み続けるやよひさんです。

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市制50周年を記念して作った『やまと郡山かるた』。
句は市民による984の応募句の中から選ばれたもの。

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豊臣秀長の歴史絵巻。歴史書や資料を読み込み、上下巻を描き上げた。

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愛用の絵筆と、薬師如来像図の軸。

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鈴木やよひ さん

1925年、奈良県大和郡山市生まれ。50歳のときに水墨画を描き始め、水墨画家・松本奉山ほかに師事。大和郡山の市制50周年を記念し『やまと郡山かるた絵』を作成した。現在も週2回教室を開催。2011年に夫・子郎氏他界後、保護猫と一緒に暮らしている。

この記事は『毎日が発見』2020年1月号に掲載の情報です。

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