壮絶だった「夫の介護」で後悔が...。元医師の介護施設長の「介護のプロに頼る」ススメ

超高齢社会の日本では「介護」は誰にとっても他人事ではありません。でも「介護施設」はどんなところかわからず、不安に思う人も多いと思います。そこで、医師として長年医療現場に従事し、現在は介護施設長として働く川村隆枝さんの著書『70歳の新人施設長が見た 介護施設で本当にあったとても素敵な話』(アスコム)より、介護士と入所者との間に起こった、泣ける、笑えるエピソードをご紹介します。

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介護施設へ「行ってらっしゃい」

脳出血や脳梗塞を発症した人は、まず病院で急性期を乗り越え、約三カ月のリハビリを終えると、自宅で暮らすか介護施設に入所するかを選択します。

ほとんどの人が住み慣れた自宅に帰りたいと思うはずです。

家族もそうしたいと考えるのが普通でしょう。

私も夫が倒れたとき、自宅介護を望んだ一人です。

しかし今は、早い段階で介護施設のお世話になっておけばよかったと後悔しています。

当時は、施設には、優秀な介護のプロフェッショナルが揃っていることを知らなかったからです。

夫は左半身麻痺に加えて、糖尿病と高血圧の持病を抱えていました。

しかも重症です。

当然、主治医は「自宅介護は無理です」と断言しました。

しかし、夫は納得しませんでした。

「どうしても自宅に帰りたい。自分でできることは何でもするから」

懇願する彼の姿を見て、私も家に連れて帰りたいと思いました。

しかし、それが間違いの始まりでした。

ベッドから車椅子に移るのも二人がかり、食事も排泄も全て介助なのですから。

ひとまず自宅に戻ることになりましたが、それからが大変な日々でした。

まず24時間体制で介護していくために、義妹の助けを借りるだけでは人手が足りず、ケアマネージャーに相談しながら人集めに奔走しました。

ありがたかったのは、ケアマネージャーの手腕が見事だったことです。

彼女の助けがなかったら、人を確保できたかどうか分かりません。

人はどうにか集まりましたが、相当な費用がかかります。

私は、それまで以上に一生懸命働きました。

元来、働くことが好きだった私は、少々疲れが溜まっても全く苦だとは思いませんでした。

それよりも、寝たきり状態に近い夫を何とか歩けるようにしたい、という思いで日々を過ごしていました。

私は一心不乱に働くだけでしたが、自由に動けない彼は、とても辛かったと思います。

主治医の説明通り、症状は想像以上に重いものでした。

不眠による昼夜逆転、食事の偏り、便秘に悩まされて、訪問看護師を頻繁に呼ぶことになりました。

「もっと重症な人がいるんですよ」

何度も文句を言われましたが、当然の話です。

そんなある日、ヘルパーさん不在で私が車椅子に移るのを手伝ったのですが、二人で転んでしまいました。

ヘルパーさんは慣れているので簡単そうに見えましたが、素人の私には不可能だと身に沁みて分かった瞬間です。

身動きが取れない夫はもっと怖かったと思います。

それからは私に頼らなくなったのがその証拠です。

だから、私はひたすら経済援助をしようとしゃにむに働きました。

帰宅して数カ月が経ち、思うように回復しないことに、夫はイラ立ちを覚えて精神的に不安定になっていきました。

周囲に対して怒りっぽくなって食生活はさらに不規則になり、幻覚を見たり、幻聴も聞こえたりするようになりました。

さらに膀胱炎、大腸炎、肺炎を繰り返して入退院。

誤嚥性肺炎で入院したときは九死に一生を得ましたが、慢性腎不全が悪化して透析を余儀なくされました。

ここまで来ると、さすがに自宅療養は不可能です。

そう悟った私は、介護施設に入所させることにしました。

その頃は、夫も素直に納得してくれました。

自宅での療養生活がよほど辛かったのでしょう。

入所した介護施設には、看護師も介護士も常在していました。

そのことだけでも安心したのか、幻覚や幻聴はなくなり、よく眠れるようになったようです。

驚くべきことに10種類服用していた薬も数種類になり、食事療法で血糖管理も良好になりました(自宅にいる頃は、インスリン注射が必要でした)。

食事療法とリハビリだけではなく、規則正しい生活を送れば、体調はよくなり、精神も安定していきます。

つまり、要介護者のそばには介護のプロがいたほうが、絶対にいいということです。

夫は介護施設に入所して、倒れてから初めての笑顔を見せてくれました。

長い間、私が待ち望んでいた笑顔だったので涙が出るほどうれしかったのを覚えています。

私と一緒に車椅子でデパートに買い物に行ったり、河原を散歩したり、近くの公園で花見をしたり、とても楽しい二人だけの時間を過ごすこともできました。

あの頃は、とても幸せな時間だったと今でも思います。

しかし、夫が介護施設に入所するとき、私には介護放棄をするような後ろめたい気持ちがあったのは事実です。

でも今なら、当時の夫に笑顔でこう言えます。

「介護施設へ、行ってらっしゃい!」

必ずそこには、要介護者にとっても、家族にとっても有意義な時間が待っています。

それを知っているからこそ、私は後悔しています。

最愛の人を、もっと早く、笑顔で施設に送り出せばよかったと。

介護施設は、どこでもいいわけではない

要介護者にとって楽園にもなり得る介護施設ですが、そのタイプはさまざま。

何を基準に選べばいいのか。

要介護者の状態もあれば、経済的なこともあるでしょう。

そこで、施設長からのアドバイスとして、介護保険サービスで利用できる四種類の公的施設を紹介しましょう。

それぞれに違いはありますが、要介護者がどのような状況でも、この四種類のどこかに入所できると思います。

①特別養護老人ホーム(通称・特養)

初期費用がかからず、月額費用が10~15万円前後と比較的低額なので、待機している入所希望者が非常に多い介護施設です。

そのため入所までに数年かかることもあります。

入所は先着順ではなく、要介護度以外に家族状況なども考慮されるほか、緊急度の高い方が優先されます。

基本的に、最期まで面倒を見てもらえるので、本人や家族は安心です。

入所の基準は要介護度三以上。

食事・入浴・排泄の介助などの介護サービスを受けることができ、重度の認知症でも受け入れています。

ただ、看護師の夜間配置が義務づけられていないので、医療ケアを常時必要とする場合は対応が難しく、入所できないケースもあります。

②介護老人保健施設(通称・老健)

医療法人や社会福祉法人などが運営する公的介護施設です。

病院と自宅の中間的な位置づけだと考えれば、分かりやすいと思います。

自宅で生活するのが難しい要介護度一以上の方を対象に、自宅に帰ることを目指す施設です。

そのため介護よりも医療サービスが充実しています。

医師と看護師が常駐するほか、薬剤師、リハビリテーション専門の理学療法士、作業療法士、言語聴覚士も配置されているので安心です。

老健の入所期間は原則三カ月。

この間に自宅復帰の観点から、特に排泄の自立を重視しておむつを外すためのリハビリが重点的に行われます。

そのほかのリハビリ内容は施設によって異なりますが、効果を見ながら三カ月毎に自宅復帰できるかどうかが判定されます。

比較的症状の軽い人も受け入れる施設ですが、現状は入所者の七割が、要介護度三~五の人たち。

そのため、多くはリハビリを受けても自力で生活できるまでは回復できず、数年間入所している例もあります。

また、リハビリ期間を終えて自宅に戻っても家族が介護できない場合、別の老健に入所しているケースも少なくないそうです。

費用は特養と同様に初期費用は不要。

月額料金のみで10~15万円程度です。

③介護療養型医療施設

主に医療法人が運営する介護施設です。

特養や老健に比べて要介護度が高い人、医療や介護の必要性が高い人を対象に受け入れています。

医療機関なので洗濯や買い物などの生活援助系のサービスやレクリエーションはあまり充実していません。

ただ、痰の吸引や酸素吸入、導尿カテーテル、経管栄養など専門性の高い医療ケアに関しては万全の体制を整えています。

費用は、こちらも初期費用はなく月額9~17万円前後ですが、多くは病院が併設されているので、要介護度の高い人や寝たきりの人に適した施設といえるでしょう。

④介護医療院 ※新制度

廃止予定である介護療養型医療施設の入所者の転居先として、2018年4月に創設された施設です。

2024年までには移行が完了するといわれています。

介護医療院の目的は、要介護状態の高齢者に対して医療・介護・住まいの場を提供することです。

Ⅰ型とⅡ型の二つに分けられ、Ⅰ型は重い病気や認知症を発症している方の受け入れ施設、Ⅱ型は心身状態が比較的安定している方を受け入れる施設になっています。

介護医療院は、診察室や機能訓練室、処置室などの設置が義務づけられているので、要介護度の高い入所者のサポートも可能です。

この施設も初期費用は不要で、月額7.6~13万円で入所できます。

私が勤務する老健たきざわは、介護老人保健施設です。

通常の介護保険施設の機能に加えて、慢性的な症状の療養を行う施設で、医療や看護が必要な方々を中心に、痰の吸引や栄養管理、褥瘡(じょくそう:床ずれ)の医療措置が必要な方も利用でき、手厚いケアを行っています。

またターミナルケア(終末医療)や看取りにも対応でき、リハビリも実施している施設です。

介護施設の利用を考えている人は、低所得者を対象に居住費や食費の自己負担分を軽減する特定入所者介護サービス費という制度も知っておいて損はないでしょう。

制度の利用対象者は、本人および同一世帯ではない配偶者の住民税が非課税で、配偶者がいない場合は本人の預貯金が1000万円以下、配偶者がいる場合は本人と配偶者の預貯金が合計2000万円以下の条件を満たしていることが条件になります。

費用がどれぐらい減免されるかは、申請する市区町村が認定する負担限度額認定によって決まります。

担当のケアマネージャー、あるいは地域包括支援センターなどに連絡して確認したほうがいいでしょう。

老健たきざわの新米施設長になって私はこれらのことを知り、改めて介護保険料を納付することの大切さが分かりました。

同時に、生活保護受給者または世帯全員が住民税非課税の老年福祉年金受給者など、低所得者にも手厚い保障制度があることに感心しています。

【まとめ読み】『介護施設で本当にあったとても素敵な話』記事リストはこちら!

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元医師の介護施設長が実感した「介護施設の素敵な話」を全4章にわたって公開。介護や老後に関わる人にオススメ!

 

川村隆枝(かわむら・たかえ)
東京女子医科大学を卒業後、同医大産婦人科医局入局。1974年に夫の郷里である「岩手医科大学麻酔学教室」に入局し、同医大付属循環器医療センター麻酔科の助教授に就任。2005年に国立病院機構仙台医療センター麻酔科部長として活動後、2019年5月より岩手県滝沢市にある「老人介護保険施設 老健たきざわ」施設長に就任。

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『70歳の新人施設長が見た 介護施設で本当にあったとても素敵な話』

(川村隆枝/アスコム)

家族や親族のお世話を施設にお願いするとき、まだ罪の意識を覚える人も多いはず。あなたの介護施設のイメージは本当に正しいですか? 自身も夫を介護施設に預けて幸せな生活を送った元医師が、現在施設長として実体験している「介護施設であった素敵な話」を書き綴った良書。これからの高齢化社会に向け、「介護士とお年寄りの泣ける、笑えるエピソード」は参考になることが盛りだくさん。

※この記事は『70歳の新人施設長が見た 介護施設で本当にあったとても素敵な話』(川村隆枝/アスコム)からの抜粋です。

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