捨ててしまおう肩書きと価値観! 元医師の施設長が思う「介護施設を楽園にできる女性、できない男性」

超高齢社会の日本では「介護」は誰にとっても他人事ではありません。でも「介護施設」はどんなところかわからず、不安に思う人も多いと思います。そこで、医師として長年医療現場に従事し、現在は介護施設長として働く川村隆枝さんの著書『70歳の新人施設長が見た 介護施設で本当にあったとても素敵な話』(アスコム)より、介護士と入所者との間に起こった、泣ける、笑えるエピソードをご紹介します。

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介護施設を楽園にできる女性、できない男性

介護施設を楽園ととらえられるようになるのに時間がかからないのは、どちらかというと女性です。

例えば、私の知人である高橋さんは、脳卒中による重度の麻痺と言語障害のリハビリ目的で介護施設に入所したことがあります。

最初は雰囲気も暗く、言葉が上手く伝わらないもどかしさを感じているように見えました。

しかし、何度も面会に来て粘り強く励ます高橋さんの夫のおかげなのか、少しずつ笑顔が戻っていったのです。

それから数年後、ある食事会に夫婦で出席している高橋さんと再会しました。

姿勢よく車椅子に座った彼女は、ゆっくりと私に話しかけてきました。

しっかり耳を傾けようと思いましたが、そんな必要はありませんでした。

入所した頃とは比べものにならないほど、彼女の言葉は力強かったのです。

私はその上達ぶりに驚くと同時に感動しました。

「すごい回復です。頑張りましたね、リハビリ」

「はい、ありがとうございます」

そう言って微笑む高橋さんの表情がとても印象に残っています。

彼女の笑顔の裏には過酷な時間があったはずです。

しかし、彼女は「もう一度、自宅で夫に料理を作ってあげたい」と麻痺していない左手で猛練習したと聞いています。

並大抵の努力ではできないことを彼女はやり遂げていました。

一般的に女性は男性よりも強い。

出産、子育てという大業のなせるわざなのか、いざというときにあまり動じることがなく、やるべきことをひたすらやり続ける精神的な強さがあります。

その強さが、地道な積み重ねになるリハビリを乗り越えられる要因なのかもしれません。

彼女の努力が実を結んだポイントはもう一つあります。

それは、ハッキリとした目的があったことです。

それが自分よりはるかに年下の介護士、言語療法士、リハビリ訓練士から素直に教わる姿勢につながったのでしょう。

目的があれば強くなれる。

高橋さんの笑顔を見て、確信しました。

高橋さんとは逆に、施設をなかなか楽園にできない人は、男性に多いようです。

特に、社会的地位が高い仕事をしていた人ほど、その傾向が強くなります。

高橋さんと同じような症状で入所した江川さんは、数年経っても症状は変わりませんでした。

目的がなかったのもありますが、高過ぎる自尊心も災いしたようです。

入所時の認知機能テストを拒否しただけではなく、リハビリ中は目を閉じたままリハビリスタッフと言葉も交わさず、言語療法に見向きもしませんでした。

「あんな若いやつらに教えてもらうことはない」

しかも、周囲でサポートする介護スタッフまで全員敵に見える有り様。

これでは快方に向かうはずもなく、江川さんはいつも不機嫌でした。

病気で倒れるまで自信を持って生活していた人が、突然介護される側になるショックの大きさは、計り知れないものがあると思います。

その状態が続けば、さらに落ち込むのも無理はないでしょう。

しかし、以前の肩書などは、介護施設に入ってしまえば関係ありません。

過去のことは一切忘れて、年下のリハビリスタッフからでも教わる素直さが肝心だと私は思います。

簡単にリハビリは結果が出ないものですが、高橋さんのように目的を持ってやるべきことをやり続けていけば、しっかりと前に進めるのもリハビリです。

介護施設を楽園にする秘訣が五つあります。

①捨ててしまおう、肩書と価値観。

②何をやりたいか、目的を明確に。

③年下でも介護士、言語療法士、リハビリ訓練士に教わる素直さ。

④自分の今をしっかりと把握。

⑤そして、最愛の人のために頑張る。

諦めるのはとても簡単なこと。

そのときに一番損をするのは本人だというのを覚えておいてください。

ロボットスーツ・HALが来た

その日、老健たきざわの夜は少し騒がしくなりました。

九〇代後半の二村さんが一人で脱走を試みて、玄関先で保護されたからです。

人はいくつになっても、やんちゃなことをするものです。

その後も同じことが数回繰り返され、私たちは家族からクレームを受けることになりました。

「対策を考えてください。玄関に防犯カメラを取り付けるとか」

二村さんの部屋は四階。

エレベーターを操作して一階に降り、外に出るとは誰も想像していませんでした。

二村さんは、よほど外に出たかったのだろうなと思いました。

問題はそこです。

私は、防犯カメラで行動を制御する前に、二村さんはどうして外に行きたかったのか考えてみることにしました。

外の景色を楽しむだけなら、老健たきざわの大きな窓からで十分です。

特に、桜が咲き揃う春の景色は、見応え満点といってもいいでしょう。

でも、二村さんは、太陽の下に出て、外の空気に触れたいと思ったようです。

二村さんは散歩したかっただけなんだ。

そう思った私は、家族が来られたときに、こう提案しようと思いました。

「顔を出されたときは一緒に散歩に出かけてください。そうすれば脱走なんて考えなくなられるはずです」

私がそう思ったのは、二村さんの気持ちが痛いほど分かったからです。

今は亡き夫は脳卒中で重度の左半身麻痺になり、一人では寝返りも打てず、車椅子に乗るのも介助が必要になりました。

彼の楽しみは外出すること。

特に、週に一度、自宅に帰るときは、とてもうれしそうな表情を浮かべていました。

自宅でなにをするのかといえば、テレビを観ながら、マカダミアナッツをつまみにビールやジャック&ソーダ(ジャック・ダニエルのウイルキンソン・ソーダ割り)を飲むだけ。

ただそれだけでしたが、自宅で過ごす彼の姿を見ているだけで、私は幸せな気持ちになったものです。

夫の願いでもあった「もう一度、自分の足で散歩したい」という入所者の夢は、もうすぐ実現するところまできています。

その話を最初に聞いたのは、夫がまだ闘病中の頃でした。

以前から知り合いだった衆議院議員・野田聖子さんに会ったときのことです。

話の中で夫のリハビリが進まないことを伝えると、野田議員が提案してこられました。

「HALを使ってみたら? きっと、歩けるようになるわよ」

「ハ・ル?」

「H・A・L、ロボットスーツ」

「テレビで観たような気がします。脳梗塞で二〇年ぐらい歩けなかった人が、それを使って何十年ぶりかに歩いたとか。まだ実用化されていないと思っていました」

「それが実用化されていて、一部保険適用にもなっているのよ。開発者の先生を紹介しましょうか?」

紹介いただいたのは、HALの開発者である山海嘉之(さんかいよしゆき)先生。

山海先生は工学者であり、サイバーダイン株式会社の創業者兼CEO、筑波大学教授、筑波大学サイバニクス研究センター研究統括、内閣府最先端研究開発支援プログラム「健康長寿社会を支える最先端人支援技術研究プログラム」中心研究者など、とても忙しくされている方です。

日本と海外を行き来して活躍する超多忙な方だと知り、本当に会えるのかと危惧していましたが、夫のためにもぜひ会いたいと切に願いました。

そのときは間もなく訪れました。

山海先生の秘書から連絡があり、お会いできることになったのです。

夫の状態を話すと、立て板に水のごとく1時間以上もかけてHALについて説明していただきました。

ロボットスーツ・HAL(Hybrid Assistive Limb)は、身体機能を改善・補助・拡張・再生することができる世界初の装着型サイボーグ。

バッテリー駆動で、装着した人が立ち上がったり、座ったり、歩いたりする日常の動作を助けてくれます。

これなら、体に障害を負って思うように動けない人が、自由な動きを取り戻せるかもしれない。

素晴らしい!

もちろん、HALはまだ高額なものです。

そんなロボットスーツが誰でも手に届く商品になったら、どれだけの人が笑顔になれるでしょう。

それだけではなく、HALは介護する側にとっても強い味方になります。

例えば、介護スタッフが高齢者を立たせたり、支えたり、抱き上げたりするのは技術があっても、なかなかハード。

そこにHALの力を借りれば、らくになるのは間違いありません。

残念ながら、私の夫はその恩恵を受けることなく急逝しましたが、歩きたくても歩けない人たちが、もう一度日本の美しい大地に自分の足で立ち、思い切り深呼吸する。

そんな幸せな未来が、もうすぐそこまで来ています。

【まとめ読み】『介護施設で本当にあったとても素敵な話』記事リストはこちら!

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元医師の介護施設長が実感した「介護施設の素敵な話」を全4章にわたって公開。介護や老後に関わる人にオススメ!

 

川村隆枝(かわむら・たかえ)
東京女子医科大学を卒業後、同医大産婦人科医局入局。1974年に夫の郷里である「岩手医科大学麻酔学教室」に入局し、同医大付属循環器医療センター麻酔科の助教授に就任。2005年に国立病院機構仙台医療センター麻酔科部長として活動後、2019年5月より岩手県滝沢市にある「老人介護保険施設 老健たきざわ」施設長に就任。

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『70歳の新人施設長が見た 介護施設で本当にあったとても素敵な話』

(川村隆枝/アスコム)

家族や親族のお世話を施設にお願いするとき、まだ罪の意識を覚える人も多いはず。あなたの介護施設のイメージは本当に正しいですか? 自身も夫を介護施設に預けて幸せな生活を送った元医師が、現在施設長として実体験している「介護施設であった素敵な話」を書き綴った良書。これからの高齢化社会に向け、「介護士とお年寄りの泣ける、笑えるエピソード」は参考になることが盛りだくさん。

※この記事は『70歳の新人施設長が見た 介護施設で本当にあったとても素敵な話』(川村隆枝/アスコム)からの抜粋です。

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