元コミュ障のアナウンサーが教えてくれる「コミュニケーションの考え方・気の持ち方」

初めての人と話すのが苦手! 1対1で話すのが怖い! どうでもいい会話の対処がわからない! 最近は、スマホの普及によりそう感じている人が増えていると思います。元コミュ障のアナウンサー・吉田尚記さんは「会話のテクニックを覚えたらちょっと楽しいと思えるようになります」と言います。そこで、吉田さんの著書『元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書』(吉田尚記/アスコム)より、日常生活の中でいろいろ使える会話術をお届けします。

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そもそも「コミュ障」って何?

私も根本的には自分のことをコミュ障だと思いますが、「コミュ障」ってなんか引っかかる言葉ですよね。

コミュ障は「コミュニケーション障害」の略称です。本来、言語障害や語音障害など、医学的な診断基準に基づく疾患として分類されるものです。

今は一般的に、「他人とコミュニケーションをとることが苦手であることを表す俗称」として使われることが多いですよね。

でも、不思議なんです。

たとえば、うまく泳げないことを「水泳障害」とはいいません。

あるいは料理が下手でも字が汚くても、「料理障害」とか「書字障害」なんていいません。

考えてみると、泳ぎ方、料理のやり方、字をきれいに書く方法などは、どれも練習や訓練をしなければ、なかなかできないことです。

「練習しなければできないこと」ができなくても、「障害」とは呼ばれないのです。

一方で、何らかの理由で食事をうまく摂れなくなったり、何か事情があって眠れない場合は、一般的に「摂食障害」や「睡眠障害」といいます。

悩んでいらっしゃる方にとっては本当に大変なことだと思いますが、本来、食事を摂ることや眠ることは、訓練しなくても自然にできることだと思われていますよね。

ちょっと乱暴ないい方になってしまいますが、「障害」という言葉は、「本来できて当たり前とされていることができない」場合に使われるんじゃないでしょうか。

「コミュニケーション障害=コミュ障」という言葉が俗称として広く使われるようになったのは、「コミュニケーションは、本来できて当たり前のものだ」と思われているからじゃないでしょうか。

コミュニケーションは、食べたり眠ったりするのと同じように、生まれつき誰でもできるはずだと認識されていることが「コミュ障」という言葉には表れています。

でも、それは大きな誤解だと思うんです。

誰かとスムーズにコミュニケーションをとって人間関係をつくっていくのは、すごく難しいことです。

決して、「誰でもできて当たり前」ではありません。

だから、本当はコミュ障なんて言葉が使われていること自体、おかしいんじゃないかと思っています。

泳いだり、料理を作ったり、字をきれいに書いたりするのと同じように、コミュニケーションだって、練習しなければうまくなりません。

ですから、うまくできない自分を必要以上に責めたり、落ちこんだりする必要はないんです。

コミュニケーションが苦手だと認識しているなら、練習してうまくなればいいのですから。

ただ、そんな表現が使われないような世の中になってほしいと思いつつも、「コミュ障」という言葉は存在していて、そのことで悩んでいる人もたくさんいます。

なので、この中では、あえてコミュ障という言葉を使っていろいろな話をしていきます。

大事なことなので、もう一度いわせていただきますが、医学的な分類ではなく、あくまでも「他人とコミュニケーションをとることが苦手であることを表す俗称」として使っていきます。

元・コミュ障だから伝えられること

「吉田さんにコミュニケーションに関する話を聞きたい」といわれたとき、これまでは私が私自身の経験や失敗談を通して、自分自身のために考えた解決法を紹介していました。

しかし、私の経験談だけで、本当に読者の人たちが自分のコミュニケーションを改善できたのか、人生を少しでも良い方向に変えていくことができたのかという点には疑問が残っていました。

私はもともとかなりのコミュ障で、読者の方と同じような悩みをたくさん抱えていました。

それが、たまたまアナウンサーになってしまったことで、コミュニケーションの技術をいやおうなく身につけなければいけませんでした。

仕事ですから、嫌であってもコミュニケーション「しなければならない」という状況に追い込まれ、毎日バッターボックスに入ってバットを振り続けたのです。

フォームがダサいとか、空振りしたら恥ずかしいとか、デッドボールが怖いなんていっていられませんでした。

それが嫌なら、この仕事をやめるしかありません。

もしアナウンサーになっていなかったら、コミュ障であり続けたに違いありません。

それは、少し嫌ないい方になりますが、「義務ではないコミュニケーション」からは、いくらでも逃げ続けられるからです。

私がコミュニケーションを技術として扱うようになってから、20年くらいの時が経ちました。

たしかに、その中で得てきた実感を述べ、「こんな風にやってみたらいいですよ」とテクニックを紹介することはできます。

でも、それが実際に読者の方のコミュ障を緩和し、解消させ、助けとなっているのかについては、検証したことはなかったんです。

過去、自分がどんなことにどういう順番で悩み、どう解決し、それを法則化していったかの時系列はすでにあいまいです。

ピンポイントの質問に「こうすればいいですよ」とお答えはできても、1往復の会話ですらも苦手としている段階の人が、リアルな会話にどんな恐怖感を持っているのか、どんなことを考えながら進んでいけばいいのか、もはや私一人では検証不能です。

今回は、ここにサロンメンバーの力を借りました。

「つまらない」と思われる恐怖との戦い

コミュ障にとって、コミュニケーションは「面倒くさい」ものです。

コミュ障が陥る現状維持の無限ループ

勇気を出して今度こそ相手に話しかけよう!

どのタイミングで、どんな言葉で話しかけようか?

話がうまく合うだろうか?

相手はどんなことに興味を持っているだろう?

自分に関心を持ってくれるかな?

つまらない奴って思われたくないな。やっぱりやめておこうかな......。

ああ、こうやって考えている自分自身がキモいしツラいな......。

面倒くさい、よし、今日はやめておこう

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私は、幸い「面倒くさい」と感じてはいられない職業に就きました。

会社で「コミュニケーションが面倒くさい」といえば、それは「仕事が面倒くさい」とほとんど同じ意味になってしまいます。

アナウンサーでなかったら、私もこんな流れを繰り返していたかもしれません。

この「無限ループ」は、ある意味魅力的です。

何も生み出されないかわりに、一切リスクも生じませんから。

このパターンに入り込んだまま、一生を終えることだってできそうです。

うまくいかないリスクやつまらないと思われる怖さが、ネガティブな感情を生んで行動を押さえつけてしまいます。

ちなみに、多くの方に読んでいただいた『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)の当初の仮タイトルは、『つまらないと思われることが怖いあなたへ』でした。

つまらないと思われたら、アナウンサーとしての仕事の喪失に直結するわけで、当時の私の最大の恐怖でした。

ただ、あるときから、人からつまらないと思われようと「もうそれはそれでいいや」という感覚になったんです。

たくさんの失敗を経て、そう思えるようになったわけですが、せっかく本を読んでくれている人に失敗させるようなことはしたくありません。

多くの失敗は、なくても良いものでしたし......!

ムダな失敗は私までで十分です。

コミュニケーションがツラいと感じる人は、コミュニケーションに価値を感じているから、ともいえると思うんです。

大事に感じているからこそ、失敗が怖い、傷つくのが苦痛なんですよね。

本当にコミュニケーションなんてどうでもいい、価値がないと思っているのであれば、失敗することも傷つくことも怖くないはずです。

でも、そんなことないですよね。

さきほど、無限に続きかねないループの始まりに、何気なく「勇気」と書きました。

実は、重要なテーマがそこにあります。

「コミュニケーションは勇気」だと思います。

究極的には「さあ、がんばって勇気を出しましょう!」ということなんですが、そんなに簡単に勇気が出せたら、誰も苦労しないですよね。

勇気を妨げているものの正体こそが「面倒くささ」です。

もしくは、面倒くさいと偽装された「恐怖」でしょうか。

どれだけコミュニケーションが重要だといわれても、どれだけ会話のノウハウを学んでも、面倒くささが勇気を上回っている以上、次のアクションを起こせません。

どうすれば、面倒くささを乗り越える勇気を出すことができるのか......。

私はマンガが好きなのですが、羽海野チカさんが描く、将棋を題材にした超名作マンガ『3月のライオン』(白泉社)の3巻に、「『達成感』と『めんどくささ』はもれなくセットになってる」という言葉が出てきます。

私たちは、物事を「面倒くさい」と思っている人に対して、「地道にがんばって成果を出せ」とか「勤勉に生きて成し遂げろ」とかいう叱咤激励をしてしまいがちです。

でも、そうはいいたくない。

「面倒くさい」を乗り越えると「いいこと」があるよ、と伝えたいんです。

面倒くささの正体は、現状が変化することへの「恐怖」です。

失敗したらどうしよう、恥をかくかもしれない、一度始めたら逃げられない......こうした恐怖感があるので、「それなら今のままでいいや」となってしまうのです。

一歩踏み出すために必要な「武器」

コミュニケーションは勇気。

では、どうやったら勇気を出せるんでしょう?

誰とでも苦もなくコミュニケーションをとれる人たちは、どうやって「面倒くささ」を乗り越えているんでしょうか?

彼らが特別な「勇者」なのでしょうか?

実は、彼らは丸腰で戦っているわけではなく、武器を持ち合わせているだけです。

私が面倒くささを乗り越えられたのは、何百回とバッターボックスに立ち、たくさんの失敗をしながら、使える武器を少しずつ獲得していったからです。

私が実現させたいのは、コミュニケーションに使える「武器」を読者の人たちに渡すことです。

武器を持っていることで、「勇気が出る!」と思ってもらい、その先を知ってもらうことです。

突然ですが、風呂掃除って面倒くさいですよね。

できればやりたくないけど、やらないでいるとどんどん汚れていくし、せっかく風呂に入っても気分が悪い。

でも、テレビで、「汚れ落ちバツグン!奇跡のスポンジと洗剤でこんなにキレイ!」とか、「ウチにあるものだけでOK!驚きの風呂掃除法を教えます!」という情報を目にしたら、「これはいい話を聞いた、ちょっとやってみようか」という気になりませんか?

いつもとは違う風呂掃除のノウハウや新しい道具を手に入れて、実際にピカピカに変化するとしたら......魅力的ですよね。

コミュニケーションにおいても、今までとは違う「めちゃくちゃ使えるスポンジや洗剤」のようなツールがあるのなら、一度試してみようかな?という気になれるかもしれない。

面倒くささを乗り越える勇気が、出てくるかもしれない。

丸腰で戦えといわれたら恐怖しかありませんが、「こういういい武器があるよ」「大丈夫、まあそんな簡単に死んだりはしないよ」といわれたら、ちょっとがんばってみようかなという気持ちになれるのではないでしょうか。

コミュニケーションは、「協力型」のゲームだ

ゲームは好きですか?

風呂掃除と違って、ゲームはやりたくなければやらなくていいものです。

それなのに、自分の貴重なお金や時間を割いてまで、見知らぬ村人の頼みを聞いてダンジョンに魔物を倒しに行ったりして......。

コミュニケーションもゲームだと捉えてみてはどうでしょう?

ただし、「対戦型」ゲームではありません。

いうなれば、みんなで力を合わせて「気まずさ」を排除していく、「協力型」のゲームです。

誰かに勝ったり負けたりすることも、点数を競うこともありません。

終わりもありません。

自分が満足している限り、楽しく、しかも無限に続けられます。

ゲームで新しいアイテムを手に入れると、途端にうまく進めて楽しくなるように、今この瞬間、コミュニケーションに悩んでいる人がすぐ使えて、ものの5秒で効果を実感できるような「武器」をお渡ししていきます。

【まとめ読み】『元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書』記事リストはこちら!

H1_話し方・聞き方の教科書.jpgキャリア20年のアナウンサーが自身の学んできた会話術を全4章にわたって紹介。心理学の研究者などの解説付き。

 

吉田尚記(よしだ・ひさのり)
ニッポン放送のアナウンサー。ラジオ番組のパーソナリティのほか、テレビ番組やイベントでの司会進行など幅広く活躍。またマンガ、アニメ、アイドル、デジタル関係に精通し、「マンガ大賞」発起人となるなどアナウンサーの枠にとらわれずに活動中。2012年に「第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞」を受賞。著書も多数。

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元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書

(吉田尚記/アスコム)

自身も「コミュ障だった」と語る現役アナウンサーが「会話が苦手だ」と思う人のために書いた一冊。実際に「どんなことで困っているか?」をアンケートで集計し、その中から日常生活でコミュニケーションにしんどさを感じている人のために「会話の仕方」を具体的に説明してくれます。心理学の研究者などにもわかりやすく解説してもらい、一般人向けに会話術をやさしく教えてくれる良書です。

■『元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書』の紹介動画もチェック!

※この記事は『元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書』(吉田尚記/アスコム)からの抜粋です。
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