「同居する身内に面倒かけたくない・・・」82歳女性が自宅の部屋で迎えた悲しい最期

「私はどうやって死ぬんだろう...?」年齢を重ねるごとに、輪郭を濃くする答えのない疑問。もちろん答えはわかりませんが、これまで約3000もの遺体と対峙してきた法医解剖医・西尾 元さんは、「どのような死を迎えるかは、どのように生きたかと密接につながっている」と言います。そこで、西尾さんの新刊『女性の死に方』(双葉社)から、女性の死の原因と背景について連載形式でお届けします。老いや貧困、孤独など、時には残酷な現実を突き付ける「死に方」は、あなたの「生き方」を充実させるヒントになるかもしれません。

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死斑が語っていた家族の中の孤独/女性82歳 亡くなった場所:自宅の部屋

「様子がおかしいんです、息もしていなくて......」救急車を呼んだのは、マンションで同居していた"家族"だった。

救急隊員が駆けつけた時、森川富江さん(仮名・82歳)の体はすでに冷たくなっていたという。

関節にも硬直が見られ、死亡が確認された。

その時の気温による影響も大きいが、通常死後2、3時間するとあごや首などに筋肉の硬直が見られるようになる。

これを「死後硬直」といい、亡くなってから12時間もすれば、肩や肘、膝などの大きな関節や、手足にも強くその反応が出る。

この時も、隊員が駆けつけた時にはすでに、死後半日近く経っているのではないかと思われた。

救急隊員は死亡を確認するとまず、警察に通報する。

その後、最初に現場に向かう医師は「警察医」だ。

私たち「法医解剖医」が現場に出向いて検死を行うことはない。

警察医が現場で遺体を検死して、異常があるかどうかを調べるのである。

死因が明らかで、特に不審な点がなければ、彼らがその場で死体検案書を書いて、遺族に直接渡すことになっている。

この時も、警察医から見て森川さんの体に犯罪性が疑われるような異常な点は見当たらなかった。

警察も現場の様子から犯罪とは無関係だろうと判断したが、死因がはっきりしない。

そこで、遺族に承諾をとって解剖することになった。

解剖室に入ってすぐ、私は距離をとって解剖台の上の遺体を眺めた。

目立って変色しているような箇所はない。

体の表面にはこれといった傷も確認できなかった。

家族によれば、森川さんは普段元気だったというし、年齢を考えれば、なんらかの病気で亡くなった可能性もあったが、すべての予断を排して解剖を始めた。

遺体を間近で見てみると、頸部、首のあたりに赤褐色になっている箇所があった。

私の頭の中に小さな疑問が生まれた。

「なぜ、ここが変色しているのだろう」

何者かによって、森川さんは首を絞められた可能性が出てきた。

日本における殺害方法でもっとも多いのは、頸部の圧迫、つまり「絞殺」だ。

頸部を数分間圧迫すれば、心臓から脳への血液の流れが止まってしまう。

血が回らなくなれば酸素も行き届かなくなるため、窒息死することになる。

窒息死と診断するためにはその痕跡を見つけることが重要だ。

ロープで首を絞められて亡くなった遺体には、ロープの縄目の形がくっきりと残る。

森川さんの場合は、圧迫されたことが疑われる部分に、赤褐色の変色が現れていた。

そして、窒息死すると顔に「うっ血」が現れる。

うっ血とは、圧迫された場所で静脈に流れていた血液が滞り、皮膚の表面にその血液の色が浮かび上がってくる状態を指す。

頸部には、心臓から脳へ血液を送る動脈と、脳の血液を心臓へと戻す静脈とが並んで走っている。

静脈の壁はペラペラで薄く、圧迫されるとすぐに血液の流れが止まってしまう一方、動脈の壁は厚く、少しの圧迫程度では血液の流れが止まるようなことはない。

動脈を流れる血液により、窒息死した遺体は圧迫された箇所から頭側にかけて皮膚が赤くなる。

そのため、首を絞めて殺されれば、通常、遺体の顔は赤く見える。

だが、森川さんの頸部には部分的な変色は認められたものの、顔にうっ血はなかった。

首を絞めるために使った紐などの痕はもちろんない。

首を絞められたかどうか、首に残された赤褐色の変色だけでは決め手に欠けた。

疑問を抱きながら頭部から足までの観察を終え、今度は森川さんの体を横向きにし、背中を確認した。

遺体を起こした瞬間、「死因はやはり窒息死だ」と確信した。

森川さんの背中には、何か傷があったわけではない。

ただ、足の皮膚にだけ「死斑」が見られたのだ。

これは、死後数時間して現れる紫赤色の斑点で、人が亡くなれば必ず現れる現象だ。

問題は、その死斑が現れた場所だった。

生きている間、人の体には血液が流れている。

ところが心臓が止まると、その流れは止まってしまう。

すると血液は、地球の重力がかかる方向へと移動していく。

例えば、立ったまま亡くなったとしよう。

生きている間、心臓のポンプ作用で全身を循環し続けている血液は、その作用が止まった瞬間、重力のかかる足のほうへと落ちていく。

森川さんの場合、家族の話では「寝ている間に亡くなっていた」はずだった。

背中を下にして仰向けで亡くなっていたのだとすれば、胸や腹のあたりを流れていた血液が背中のほうに移動しているはずだ。

心臓が止まってから2時間もすれば、背中の表面にその色が現れる。

ところがなぜか、森川さんには背中ではなく、足にだけ死斑が見られた。

これはつまり、森川さんの心臓が止まった時、彼女の体に作用した重力の方向は、頭から足のほうに向いていたことになる。

本当は、立っているような状態で死んだはずなのだ。

ここまでくれば、死因は想像がついた。

おそらく森川さんは首を吊って亡くなり、その後、寝かされたのだろう。

首元の赤い変色も、これで納得がいった。

子供に迷惑をかけたくない......そう願う親世代も孤独を抱えている/死因:縊死

その後の警察の調べで、森川さんは浴衣の帯で首を吊って自殺したのだということがわかった。

家族は、その悲しい姿を発見した。

だが、なぜか一度ベッドに寝かせてから救急車を呼んだらしい。

周囲に「おばあちゃんが自殺した」ことを知られたくなかったのかもしれない。

実は、森川さんが同居していた家族は甥っ子夫婦だった。

森川さんにはひとり娘がいた。

生涯独身だった60代の娘が森川さんとずっと同居し、介護が必要になってからも食事から入浴まで生活全般の面倒をかいがいしく見ていたという。

ところが、彼女が胃の不調を覚えて病院で検査を受けたところ、がんが発覚。

かなり進行しており、半年の闘病生活後、亡くなってしまった。

ひとりでは生活が難しい森川さんの今後をどうするか。

森川さんには妹がいたが、彼女もまた持病があり、介護が必要な状態だった。

親族が話し合い、結局、妹の子供の家で同居することになったそうだ。

亡くなった森川さんのことを、かかりつけの病院の医師がよく覚えていた。

お風呂に入っていないのか、体はあまり清潔でなかったらしい。

医師には「家ではいつもひとりでご飯を食べている」と漏らしていたそうだ。

警察庁の「平成30年中における自殺の状況」によれば、2018年の自殺者数はおよそ2万人。

そのうち、約40%が60歳以上の高齢者だ。

また、厚生労働省の調査「高齢者の自殺の特徴」によれば、自殺者の多くが家族と同居しており、単身生活者は全体の5%以下にとどまっている。

「平成30年中における自殺の状況」を見ると、全体としては男性のほうが女性よりも自殺率が2・3倍と高いものの、諸外国に比べると日本は女性の比率が高いことが近年注目されている。

また、同調査を見ると高齢者の自殺の原因・動機は「健康問題」が約65%を占める。

家族への精神的負担が大きくなり、自ら死を選ぶケースも少なくないそうだ。

「長く生きすぎた、迷惑をかけたくない」そう自らを責め、自殺する高齢者は今後さらに増える可能性がある。

森川さんも面倒を見てくれているのが甥っ子夫婦だったことで、内心気を使っていたのかもしれない。

親や祖父母との同居が当たり前だった時代に比べ、今は我が子であっても遠慮する親たちも多い時代だ。

内閣府の「令和元年版高齢社会白書」によれば、65歳以上の者がいる世帯のうち、単独世帯と夫婦のみの世帯が60%近いことが、それを裏付けている。

この一件があってすぐ、私は興味深いレポートを読んだ。

東京医科歯科大学が2017年に発表した「同居なのに孤食の男性 死亡リスク1・5倍」という発表資料では、高齢者の孤食(ひとりで食事をすること)は低体重やうつ症状につながる可能性が高い、ということが指摘されていた。

この研究では、65歳以上の高齢男女約7万人を3年間にわたり追跡調査し、孤食と死亡についての関係を調べている。

「同居で共食(誰かと一緒に食事をすること)している人」の死亡リスクを1とすると、男性については、「ひとり暮らしで孤食している人」の死亡リスクは1・18倍になるという。

そして、「同居だが孤食をしている人」は、その死亡リスクが1・47倍にもなるというのだ。

女性の場合、少し数字が下がるものの「ひとり暮らしで孤食」は1・08倍、「同居で孤食」は1・16倍だったという。

つまり、「ひとり暮らしで孤食をしている人」よりも「同居だが孤食をしている人」のほうが、死亡リスクが高いことになる。

興味深いことに、「ひとり暮らしで共食をしている人」は男性で0・84倍、女性で0・98倍と、「同居で共食している人」よりもリスクが少なかったという。

ひとりで暮らし、家族や友人などと食事をするという他者との距離感が、無駄なストレスを避ける上でちょうどよいのかもしれない。

ひとり暮らしよりも、共に暮らす家族の中で孤立するほうが、余計に孤独を感じ、精神的に追い詰められるものだ。

森川さんもまた、孤食状態だった。

それは同居する甥っ子夫婦と森川さん、どちらの意思だったのかはわからない。

甥っ子夫婦も、年老いて思うように動けなくなった伯母とどのように接していいのか、困惑があったのかもしれない。

身内の老後の面倒を見ることが言葉でいうほど簡単なことでないことも、私たちは知っておかなければならない。

現代社会で、高齢者とその家族が同居して生きることの難しさを痛感した一件だった。

※本エピソードは、著者が現役の法医解剖医として守秘義務があるため、亡くなった方のプライバシーに配慮し、年齢や家族構成、地域など、一部事実を変えて記しています。

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71EQJ5hsF+L (1).jpg生活スタイルの違いや死に方の違いなど、現役の法医解剖医が対峙して感じた「女性の死」を6章にわたって考察しています

 

西尾 元(にしお・はじめ)

1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。香川医科大学(現香川大学)医学部卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神間における6市1町の法医解剖を担当している。突然死に関する論文をはじめ、法医学の現場から臨床医学へのアプローチも行っている。

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『女性の死に方』

(西尾 元/双葉社)

およそ3000もの遺体と向き合ってきた法医解剖医が、普通ではない「異常死」を迎えた遺体の死の原因と背景を考察。対峙したからこそ見えたのは、「死に方」は「生き方」で決まるということ。女性のライフスタイルが多様化する現代に増えるであろう「死に方の変化」にも言及する、“最期”の参考書です。

※この記事は『女性の死に方』(西尾 元/双葉社)からの抜粋です。

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