歳を重ねるとともに増えていく、病気、孤独、お金などの不安...。世界共通の悩みと思いきや、「フランス人」は老いることを「人生の収穫期」と考えて、楽しく過ごしているそうです。外交官から仏修道会の介護ボランティアに転身した賀来弓月さんの著書『60歳からを楽しむ生き方 フランス人は老いを楽しむ』(文響社)から、フランス流の「人生を前向きにとらえる10のヒント」を連載形式でお届けします。
老いは「人生の実りと収穫の秋」
フランスの高齢者たちは、よく人生を「一年の四季」にたとえます。ひとは春に生まれ春、夏、秋を生き冬に死ぬという考え方です。そして高齢期を「秋」と考えます。フランスの諺に「老いは熟した状態の果物」(La vieillesse est un fruit dans samaturite.)というものがありますし、ローマ教皇の故ヨハネ・パウロ二世(1920~2005)も高齢期を「人生の実りと収穫の秋」と形容しました。フランスでは、神父や修道女がよくこの言葉を口にしていました。
私はあるとき、リヨンの老人ホームに住んでいたある老神父に「高齢期を実りの秋にする」ためには、高齢者はどんな生き方をすればよいのか尋ねたことがあります。神父は静かに語りました。 「人生の秋の実りと収穫は、定年後の高齢期に最終的に達成できる人間としての成熟度です。
現役時代にはあったかもしれない権力欲、名誉欲、虚栄心などから自分を完全に解放する。そして、『人を愛し、人に愛される』淡白で、謙虚で、善意に満ちた、心穏やかな人間になるようにつとめる。職場での競争や上下関係から解放される定年後には、それができるようになります。
定年退職後の高齢者たちの境遇はさまざまです。しかし、自分を他人と比較して、他人を羨んだり嫉んだりするのは高齢期をさもしくさせ、不幸にするだけ。過去に味わった不運や挫折や苦しみは、心のもちかた次第で、定年後を生きるときに役に立つ貴重な人間的資産となります。
人間は、誰しもが高齢期にさまざまな『老いの試練』を受けます。それらは、社会に居場所をもたなくなったという喪失感や、金銭的な心配、病苦や健康不安、孤独感、死別の悲しみ、苦しい過去の記憶などです。誰もが先ず感じはじめるのは心身機能の衰えでしょう。人生を楽しく生きようとしている楽観主義者のフランスの高齢者だって同じです。しかし、もっと深刻なのは、生きる心が折れてしまうことです。高齢者はしばしば『意味の危機』といわれるものに襲われることがあるのです。
意味の危機、『それは私が生きていることにどんな意味があるのだろうか』という極めて危険な自問自答です。そのようなときには、家族や友人や医療専門家、私たち宗教関係者などの支えが必要になるでしょう。
その『意味の危機』を乗り越えて、人生の実りと収穫の秋を生き抜くには、日常生活のごくあたりまえのことに生きる喜びを感じるようにすることです。そして、感謝の気持ちと忍耐と威厳をもって、心穏やかに『最後の時』を迎えるのです」一般的に、フランスの高齢者たちは、定年後の生活に楽しい夢と希望を託しているという印象を私は受けました。これに対して、私たち日本の高齢者の間には、「老いの試練」を心配しすぎて、高齢期について悲観的なイメージをもつ人が多いのではないでしょうか。
老いを肯定的に捉えるフランス人の姿勢は、若い頃の生き方からも垣間見ることができます。多くのフランス人は定年退職後の生活を非常に楽しみにしています。そして、自由を満喫できる定年後のために、あらかじめ多様な人生設計を立てます。早い段階(30代、40代)から周到な準備をはじめるのです。
そのため、現役時代の生活と退職後の生活の間に大きな段差が生まれません。叉、心身機能の大幅な低下でもないかぎり、「定年後に急に老ける」ということはないとフランスの高齢者たちはいっていました。
『老いは熟した状態の果物』
La vieillesse est un fruit dans sa maturite.
「美しさとは何か」「オシャレの楽しみ方」「孤独の捉え方」など10の項目から、老いを楽しむフランス人の人生観が分かります