家族と仕事、地域に医療!介護で絶対に考えるべき4つの領域

親などの介護に奮闘することで、仕事を辞めてしまう「介護離職」。しかし、介護をきちんと続けるには、「自分第一で考えること」が重要だとされています。そこで、介護支援の専門家・飯野三紀子さんが執筆した、『仕事を辞めなくても大丈夫! 介護と仕事をじょうずに両立させる本』(方丈社)から、仕事を続けながら介護と向き合う方法について、連載形式でお届けします。

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介護を可能にする4つのマネジメント

介護が目の前に迫ったのなら、まず介護者である自分を取り巻く環境のマメネジメントが必要になります。

マネジメントする領域は、「家族・親族」、「会社・職場」、「行政・地域」、「医療・介護」の4つです。これを図式化して、項目ごとに、「出来ていること」「やること」を書き出していくと、環境のマネジメントが可能になります。

「やること」とは、調査すること・交渉すること・実行することを入れます。また、「やること」には期日と誰がやるのかも記入。整理していくと客観的に冷静に物事が見えてきて、不足や、やるべきことの順序もわかってきます。

また、この環境マネジメントは介護初動にも大切ですが、時の経過により介護をする人の変化や要介護者の様態変化があったときにも、その都度整理し、マネジメントしていきましょう。

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例えば、自分が妹の介護のキーパーソンだったが、妹の子供が成人したので介護のキーパーソンを変わってもらいサポートの立場になるときや、要介護者が在宅介護が難しくなってきて施設入居を考え始めたとき。終末期に近くなったときなど、介護が長くなってくると変化は常についてくるものです。

介護が始まらなくても40歳を超えたらシミュレーションしておくと、いざという時にパニックにならずに済みます。

キャリアプランを立て介護に組み込んだ雅美さんの場合

「父親が、迷子になって警察に保護されて」と東京から名古屋に駆けつけた雅美さん(49歳)。雅美さんは、夫と離婚してからひとり暮らしで、家族は父と雅美さんのみです。

警察に行くと、そわそわと落ち着かない目つきの父親に出会います。かつては小料理店の板さんとしてハツラツと働いていたのに、その変わりようにびっくりした雅美さん。ほうってはおけない、と会社に休業届けを出して帰郷しようとしました。

雅美さんの上司は介護が始まったことを察し、「彼女はクレーム処理のベテランで、いつもは冷静に対処するひとだが、介護となると心配だ」と私に語ります。その上司のすすめもあり、帰郷前に雅美さんは相談室にきました。

聞くと母親の死後、ひとり暮らしの父親は、昼間は六軒先の豆腐屋さんで店番をして、ときどき近所のグループホーム(認知症対応型共同生活介護)で料理を手伝い、夕食を食べてマンションに帰るという、活動的で充実した毎日だったと言います。

「素晴らしい環境ですね。お父さんの希望、正美さんの希望、4つの環境を整理してどのような介護をしていくか考えましょう」」雅美さんに、4つの環境整理を説明し、やること、自分の望み、そして自分のキャリアプラン書き出して、整理しました。

「家族・親族」「会社・職場」「行政・地域」「医療・介護」の四面に書き込みます。雅美さんは「後輩を育てたい、だが父親も独居なので心配」と、家族と会社の間に書きました。

キャリアプランは、クレーム処理担当の後輩を育て、マニュアルを作り、いずれはクレーム処理、交渉術の専門家として、指導したりして活躍したいということ。キャリアプランを立て、問題点を整理したところで、雅美さんは介護休暇と有給休暇を利用して1週間の休みをとりました。

地元の地域包括センターで介護認定の手続きを取り、紹介された医師の診察を受けました。結果はアルツハイマー型認知症、その後、介護認定で要介護度は2となりました。

2週間の休みのなかで父に、話を向けると、「俺、なんだか弱ってきたけど、東京はいやだよ。ここでこれまでの暮らしを続けたい」と答えました。

雅美さんは父の日常につきあいました。なじみの豆腐屋さんではちゃんと留守番ができることを知り、グループホームでは料理を手伝う父を観察。

「おいちゃん、うまいよ」と入居者に言われ、ニコッとする父親をみて、ここが一番いいのだ、と思いました。

「お互いに独立した生活を、できるかぎりしていきたいです。父の思い通りにしてあげたい」と語る雅美さん。豆腐屋さん、グループホームの経営者、近所の友達にも挨拶し、認知症発症を打ち明けました。

帰った雅美さんから嬉しい報告が。「グループホームへ入居の契約をしようと思います。基本的にはそこで過ごし、食事づくりを手伝わせてもらいます。ときどきは豆腐屋さんにも行けるそうです。マンションのお隣さんも豆腐屋さんも、父を訪ねてくれるそうです。ですので、可能なかぎり名古屋での生活を続けさせたいと思います」

雅美さんは、月のうち2回、金曜の夜から実家に帰り、父を迎えにいき、父とすごします。お隣さんや豆腐屋さんに挨拶しがてら、父の様子を聞きます。

父の得意な料理の腕を生かしてプライドを保ち、活動的で、かつ周囲の安全にも配慮するプランだと思います。

雅美さんは、遠隔介護と仕事を両立しました。雅美さんの父は、3年目に入り、大腸がんを発症。認知症も進んでいたことから、介護休業制度を利用し、2ヶ月会社を休み、医療処置に立ち会いました。

入居していたグループホームでは看取りを行っていないことから看取りのある雅美さんの近くの特別養護老人ホームに入所。特養で職員の人とともに父を看取りました。

その後、有給休暇を使って父の遺品の整理を行いました。その当時は介護休業制度は93日の休みが分割して取れませんでした。今であれば三分割で取得できますので、介護の始まった時期と様態変化の時と終末期とに分けて取得すると無理なく効率よく物事が進み、介護者の雅美さんの体力や心にももっと余裕が生まれたのだと思います。

雅美さんが、仕事をしながら、納得のいく介護ができたポイントは、
●父のありのままの生活を観察して、今後どういう暮らしを望むのか理解できたこと。
●認知症発症初期の意識が晴明なとき、いよいよ介護が必要になったとき、どういう生活をしたいのか、話し合いができたこと。
●雅美さんが早くから会社へ相談し、会社、上司、同僚の理解を得て、介護休暇、休業の取り方を活用できたこと。
●雅美さんの仕事と介護を両立させるための目標が明確になったこと。
の4点にあると思います。

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51jkcHLCo3L._SX337_BO1,204,203,200_.jpg「がん終末期」「認知症」といった状況の違いも踏まえ、13章にわたって介護問題の原因と対策がまとめられています

 

飯野三紀子(いいの・みきこ)

(社)介護離職防止対策促進機構 理事。ウェルリンク(株)にて「介護とこころの相談室」を立ち上げ、現在、専任チーフコンサルタント。企業の人事部経験を経て、人材紹介会社で、キャリアコンサルタントとして従事。2000年に母と2人で叔母の介護と看取りを経験。その後、母親が認知症発症、同時期に親友のうつ病介護が重なり会社員生活を断念。自身のキャリアを見直しフリーランスとして独立。心の問題を扱うべく大学で心理学を学び直し、現在は、要介護4の母を在宅介護しながら、働く人の「心の健康」と「介護と仕事両立」のための支援を行なっている。5人の介護と4人の看取りを経験。ココロとカラダのケアラボ主宰。

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『仕事を辞めなくても大丈夫! 介護と仕事をじょうずに両立させる本』

(飯野三紀子/方丈社)

「介護離職」「介護うつ」「家族間ギャップ」など、介護にまつわるあらゆる問題の解決方法が分かる「介護の指南書」。家族や親友など5人の介護と4人の看取りを経験し、悩み抱える多くの人々を支援してきた著者が、実体験に基づく実践的な介護の心得を示しています。「人生100年時代」とも言われる現代、誰にでも訪れる「介護」に備えるべし。

※この記事は『仕事を辞めなくても大丈夫! 介護と仕事をじょうずに両立させる本』(飯野三紀子/方丈社)からの抜粋です。

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