親などの介護に奮闘することで、仕事を辞めてしまう「介護離職」。しかし、介護をきちんと続けるには、「自分第一で考えること」が重要だとされています。そこで、介護支援の専門家・飯野三紀子さんが執筆した、『仕事を辞めなくても大丈夫! 介護と仕事をじょうずに両立させる本』(方丈社)から、仕事を続けながら介護と向き合う方法について、連載形式でお届けします。
なんでこんなに混乱するの?
最近の行動経済学では、各種の実験をして、「欠乏の行動経済学」として、危機のとき、各種の能力が落ちることを証明しています。
●なぜ、介護の初動はこんなに混乱するのか?
●なぜ、打つ手が後手後手にまわってしまうのか?
●なぜ、仕事のようにスムーズにこなせないのか?
介護が始まるときの心は、初めてのことばかりで混乱している状態。自分の知っている親とは違う、表情や言動。病状を目の当たりにしたショック。あれもこれもしなきゃと押しつぶされそうな重圧。兄弟や親戚に、この状況をどう告げたらよいのかという苦しさ。仕事が続けられるか、これからどうなるのかという不安。これらのことが、いっぺんに押し寄せてくるのです。
介護に入る時期に、みなさんが、このような特有の混乱を経験します。混乱するのは、知識や経験のなさからくるパニックに加えて、トンネリング、ジャグリングと言われる不合理な行動が起こるからです。
欠乏の行動経済学とは、センディル・ムッライナタン、エルダー・シャフールが共同研究し『いつも「時間がない」あなたに』という本を出して、金銭や時間などが欠乏すると人間の処理能力や判断力が低下するということを示したもの。日本では、『学力の経済学』の著者、中室牧子慶応大学准教授が、欠乏の行動経済学を紹介しています。
中室さんが実例で説明するのは、ご自身の、スラムの調査研究での体験。その日暮らしのスラムの人々は、毎日小さな一回分の梱包されたシャンプーを買う。ほんのすこしお金を貯めればボトルが買え、節約にもなるのに、その行動ができない。
先を見通して、合理的な判断をくだすという思考経路が働かないのです。それを解明するのが行動経済学だと説明します。
介護の始まるときも同じように、あとから考えると、刹那的に間違ったことを、いろいろしていたと気がつきます。落ち着いていると評判のひとでも、冷静で判断を間違えないと思われているひとでも、介護のスタート時には、程度の差はあっても、必ず失敗をします。
失敗するのは介護の知識がないからですが、それだけではなく、トンネリングが起きているからともいえます。目の前の問題をどうにかするためだけに集中し、外を見られないトンネル状態が続くと、やがてジャグリングが起こるのです。これが怖い。
ジャグリングは玉やピンを次から次へと投げあげる大道芸で、ジャグリング状態とは、一つ解決してもすぐに目の前に危機が現れ、とにかく危機を回避するために、玉を投げ続けなくてはならないありさまのことです。
たとえばお金の問題が目の前にふってくれば、高利貸しから借金して、切り抜けようとする。それを繰り返しているうちに、いつしか借金が膨れあがり、追い詰められていくのに、それでも、高利貸しからお金を借りてその場をしのぐ。いつまでたっても、未来が見えないのです。
これと同じことが、介護でも起こり得ます。トンネルに入り、ジャグリングが起こり......しばらくは回っていくけど、追い詰められていき、問題の解決にならない、「離職」という玉を投げてしまう。
離職して、何ヶ月かたって、「しまった」、「おかしい。離職したのにラクにならない」と気付いても遅いのです。介護離職をする心理や行動を解き明かすのに、欠乏の行動経済学は、ひとつの理論を提供してくれます。
介護の初めに、不合理な行動を取りやすいわけが、わかりましたか?
「がん終末期」「認知症」といった状況の違いも踏まえ、13章にわたって介護問題の原因と対策がまとめられています