「孫はまだか」もなく私を励ましてくれた義父母のために、よっしゃやるか! しかし夫は.../別居嫁介護日誌

「妊娠・出産・育児」をすっとばして、いきなり「介護」が始まった! 離れて暮らす高齢の義両親をサポートしている島影真奈美さん。40代にさしかかり、出産するならタイムリミット目前――と思っていた矢先、義父母の認知症が立て続けに発覚します。戸惑いながらも試行錯誤を重ね、いまの生活の中に無理なく介護を組み込むことに成功。笑いと涙の介護エピソードをnoteマガジン『別居嫁介護日誌』からご紹介します。なんとなく親の老いを感じ始めた人は必読!


義父母がすでに地域包括支援センターの"見守り対象"リストの一員だったことがわかった前回。家族が何も知らず、認知症の予兆を見逃し続けている間も、訪問を続けてくれていました。そんな厳しい現実に直面し、義姉はすっかりパニック状態。見かねた私は夫に相談しないまま、介護のキーパーソンに立候補してしまいます。果たして、夫はどんな反応を示したでしょうか。

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親の介護が始まる。薄々わかっていたことではあったけれど、地域包括支援センター(地域包括)での面談をきっかけに、いよいよ現実味を帯びてきた。ただ、私自身は「親の老い」に直面したショックはあまりなかった。

自分の親であれば、違ったかもしれない。親の年齢もおそらく影響している。

夫の両親と私の両親は一回り以上年齢が離れていて、祖父母と同世代。初めて会った時から「おじいさん」であり、「おばあさん」だった。年に一回会う程度だし、たまに会ってもあたりさわりのない会話しかしない。「年をとった」とショックを受けるほど、若い頃の様子も知らなかった。

夫は結婚前から「自分の親が年をとっても面倒は見ない。自分たちで暮らせなくなったら老人ホームにでもさっさと入ってもらう。本人たちにもそう言ってある」と宣言していた。そんな単純にいかんだろう、と内心思いつつも、介護要員としてカウントされるより1万倍マシなので黙っていた。

私にとって、義父母の介護は「絶対やらなくてはいけないとも思っていないけれど、いずれ直面するライフイベントのひとつ」という認識だった。ただし、あくまでも自分は外野としてサポートする立場になると思っていた。

義姉は正月に顔を合わせると、夫に対して「親も年をとってきているのよ」「親の将来のことを考えなくてはいけない」と小言を言っていたし、義父母との距離も近いように見えた。少なくとも、年に1回しか顔を合わせないような私たちなんぞが、しゃしゃり出る幕はないだろうと踏んでいたのだ。

しかし、その予想は見事に外れた。というか、自ら火中の栗を拾いに行ってしまった。「情報を伝言されるより、直接収集できる立場のほうがストレスが少ない」という自分なりの理屈はあった。でも、長女にありがちな「私がやらなきゃ、誰がやる」が発動しちゃったような気もする。

 

義父母への同情と感謝の気持ちもあった。

記憶にある限り、義父母に"ヨメらしさ"を求められたことはない。顔を出すのは年に1回、正月だけとずいぶん不義理をしているのに苦情めいたことを言われたことは一度もなく、たいてい「仕事は順調?」「よく眠れてる?」とねぎらわれた。

「孫はまだか」攻撃にさらされたことはなかった。結局、子どもを産まなかったことに対して、非難めいたことも一切言われていない。私が大学院に通い始めたときは、手放しで喜んでくれた。じつの親ならまだしも、義理の両親が40代の嫁をつかまえて「将来が楽しみね」「まだまだ若いんだから勉強頑張って」と大喜びで励ますのは新鮮な光景だった。

疎遠だった分、嫁としての役割プレッシャーもなく、義父母の介護から逃げるべき理由も乏しかった。むしろ、敬慕の情のようなものを抱いていた相手が困っている以上、「やれることはやろう」と比較的すんなり思えるような状況だったのかもしれない。

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地域包括支援センターから帰宅した後、夫に「キーパーソン」を引き受けたことを報告した。相談せずに決めたことを詫びると、「文句を言うわけないじゃん。賢明な判断だと思うよ」と笑われた。

ただし、夫は「僕がキーパーソンになる」とは言わなかった。そのことが澱のように積もって爆発するのはもう少し先のことだ。

 

●今回のまとめ
・親の老いに直面したときの感情の動きは予測がつかない
・介護の役割分担も想定通りにはいかないところがある
・「嫁だから」という理由での介護要員カウントは無理があるのでぜひ避けたい

 

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イラスト/にのみやなつこ

 

 

島影真奈美(しまかげ・まなみ)

フリーのライター・編集として働くかたわら、一念発起し、大学院に進学した数ヵ月後、夫の両親の認知症が同時発覚。なりゆきで介護の采配をふるうことに。義理の関係だからうまくいくこと、モヤモヤすること、次から次へと事件が勃発。どこまで理解しているのか謎ですが「ぜひ書いて!」という義父母、義姉、夫の熱烈応援(!?)に背中を押され、この体験記を書き始めました。

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