「病気の名前は、肺がんです」。医師からの突然の告知。しかも一番深刻なステージ4で、抗がん剤治療をしても1年生存率は約30%だった...。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。残酷な現実を突きつけられても「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試して必死で生きようとする姿に...感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。過去の掲載で大きな反響があった本連載を、今回特別に再掲載します。
※本記事は刀根 健著の書籍『僕は、死なない。』から一部抜粋・編集しました。
※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。
【前回】「神様、僕、生きていいんですね......」奇跡的に見つかった「珍しい遺伝子」
楽しい入院生活
入院生活は楽しかった。
あるとき、嶋田さんが言った。
「刀根さんはお見舞いがすごいですね。普通、週に2~3人なんですけど、刀根さんは毎日2~3人来るんですから。ベッドに刀根さんがいないときは食堂で誰かと話してるはずだって、ナースステーションでは有名になってますよ」
そうだった。
毎日誰かが来てくれた。
ボクシング関係、仕事の心理学関係、親戚など様々な人たち。
高校の同級生や、最初に勤めた会社の先輩と25年ぶりくらいの再会もした。
試合の翌日に来てくれたボクサー、勅使河原選手は腫れ一つない顔で言った。
「刀根さん、俺、刀根さんは絶対に治るって確信してますから」
長嶺選手が土屋選手と一緒に来てくれた日も面白かった。
土屋選手は2週間ほど前の試合で勝利をおさめ、試合後のインタビューで現役引退宣言をしていた。
僕のもう一人の教え子の工藤選手と4人で、僕たちはボクシング談義をはじめた。
土屋選手が工藤選手に聞いた。
「ただのボクサーとプロボクサーの違いは何だかわかる?」
「いえ、わかりません」
「一番の違いは、お客さんが金を払って俺たちを観に来るってことだ。だから俺たちはその金額に見合うパフォーマンスを見せなきゃいけない。スゲーもんを見せて、満足して帰ってもらわなきゃいけないんだよ。後楽園ホールのリングサイド1万円だぜ、1万。ディズニーランドより高いんだぜ。ディズニーランドよりすげえもん見せなきゃ。それがプロってもんだ。ただ勝つだけなら意味はねえんだよ」
土屋選手の目がまだランランと輝いていた。
引退したとは思えない野性味あふれる瞳だった。
「確かに、土屋君はすごかった」
僕は知っていた。
彼は素晴らしい。
逃げない、隠れない、小細工しない。
華麗でド派手な入場から始まり、常に危険に身をさらし、ヒリヒリするような打ち合いに身を捨て飛び込んでいく。
勝った姿も美しければ、敗けて散る姿も美しかった。
当然、人気があり、彼の試合はいつも満員だった。
「僕も土屋さんを目指してます」
長嶺選手が言った。
土屋選手が少し寂しそうに僕を見て言った。
「刀根さん、俺、ヒーローになりたかったんですよ。仮面ライダーみたいな」
「いや、土屋君は既にヒーローだと思うな」
「そうっす、土屋さんは俺のヒーローっす」
長嶺選手も即座に言った。
「えっ、そうっすかね?」
土屋選手が小首をかしげる。
「俺、ヒーローっすかね?」
僕が思うに、土屋選手はヒーローと呼べる域に達していた。
男が惚れる男、それが土屋君だった。
しかし、ヒーローである自分を一番認めていなかったのは、土屋君自身だった。
「ヒーローだよ」
「俺がっすか?俺、ヒーローになっていいんすかね」
「自分がヒーローであることを、自分に許してあげるんだよ」
そのときだった。
あの魂の計画を気づかせてくれたフジコさんがやってきた。
「こんにちはー、あらまあ人がいっぱい。お邪魔かしら?」
「いえいえ、さあ、こっちに来てください」
僕は椅子を持ってきてフジコさんに勧めた。
「彼は土屋修平君といって、ボクシングの前日本チャンピオンです、こちらは長嶺選手、僕の教え子で日本1位の選手、こちらも教え子の工藤選手。で、この人はフジコさん。僕の昔の友人というか、先輩」
「こんにちはー」
「よろしくっす」
ひと紹介終わると、僕は先ほどの話を思い出してフジコさんに言った。
「土屋君、彼はみんなが認めるヒーローなのに、自分がヒーローであることを、許していないんですよ」
土屋選手が照れて笑った。
フジコさんは僕に顔を向け、静かな目で言った。
「わかった。なぜ彼がここにいて、今、あなたが彼にそう言ったか」
「え?」
「どういうことか、わかる?」
「いえ、わかりませんが......」
「彼は、あなたの鏡なのよ」
「鏡?」
「一番自分を認めていないのは他でもない刀根君よ。刀根君は、若いときからずっと素晴らしかった。みんなもそう思っていたと思う。刀根君はヒーローだった。今回の病気だってそう。でも一番それを、自分を認めていないのは刀根君自身でしょう?」
「ぼ......僕ですか?」
「あなたはね、彼を通じて、あなた自身に言ってるの、わかる?」
ぼ......僕がヒーロー?
僕が?
全く考えたこともなかった。
僕なんかヒーローであるはずがない。
ありえない。
僕がヒーローだって、ウソだろ?
僕みたいなヤツがヒーローでいいのか?
こんな情けなくて弱い人間がヒーローだって?
「刀根君もそう、そしてあなたもそう。2人とも同じ」
フジコさんは僕と土屋君を交互に見て言葉を続けた。
「自分がヒーローであることを許して、それからね......捨てるのよ」
「捨てる......」