生活保護を受けていれば認知症になっても福祉につながる/介護破産(6)

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介護のために資産を失う「介護破産」が最近話題となっています。実は介護破産の原因には、単に資産の多寡だけでなく、介護に関する「情報量」も大きく関わってくるのです。
本書「介護破産」で、介護で将来破綻するような悲劇を防ぐための方法を学んでいきましょう。

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前の記事「持ち家が足かせで生活保護がもらえない低年金受給者/介護破産(5)」はこちら。

一度、セーフティーネットの網にかかると、のちに認知症などの病気にかかっても、福祉のおかげで救われることがある。都営住宅に住むサキさん(仮名、80歳)夫婦がいい例だ。

サキさんには2年半ほど前から、認知症の「物盗られ妄想」や「徘徊」といった中度の症状があらわれるようになった。自宅から歩いて10分はかかるJRの駅まで一人で行き、電車に30分乗ったすえ、隣の県の交番で保護された。転んで骨折していたが、どうやってそこまでたどりついたのか、どこで転んだのか一切覚えていなかった。

入院、治療を経て自宅に戻ったが、その後も外出しては転倒を繰り返した。以来、夫(74歳)が四六時中サキさんに付き添い、ひとときも目が離せない状態になった。夫は心身ともに疲労困憊し、側にいるのがしんどくなったという。なるべく顔をあわせないように朝から近所の図書館などで時間をつぶし、昼と夕方だけ自宅に戻るようにして同居生活に耐えている。
「ご主人が相当疲れていたのでとても心配になりました。共倒れにならないためにも奥さんになんとか介護サービスを受けてもらえるように、いろんなサービスを提案しているんですけどね」こう語るのは、近所の地域包括支援センターの相談員。二人の身を案じて、定期的に夫婦の様子をうかがっている。

相談員は以前、夫婦と主治医、民生委員などを交えた「ケア会議」を行ない、サキさんのために週2回、近所のデイサービスに通う計画を立てたことがある。しかし、何日か通ってはみたが雰囲気に馴染めず、途中で「やっぱり家にいたい」と帰ってきてしまった。それ以来、どんな介護サービスを提案しても拒否している。「なんとか昼間の時間でもデイサービスに出かけてくれれば、こっちも助かるんだけど。こればかりは難しいね」
夫は苦笑いをしながら語った。

ほかにも老老介護で生活している世帯はたくさんあるというのに、なぜ相談員はこの夫婦を見守っているのか。それには理由がある。夫婦は元々、生活保護を受けているので、福祉事務所のケースワーカーから「奥さんの様子がおかしい」といった情報が、地域包括支援センターに寄せられた。そこで、見守りや「どんなケアを受けたらいいか」という福祉の手が入ったのだ。

サキさんは長年、駅の売店で販売員をしていた。「朝と夕方のラッシュ時はね、それは忙しいったらありゃしない。ガムやたばこ、新聞をまとめて買うお客さんも多く、品物の値段はすべて頭のなかに入れ、パッと計算しましたよ」

いつからその仕事をはじめたのか、どんな人生を送ってきたのか。何度か質問しても、サキさんの口から明確な答えは得られなかった。夫によると60歳で販売員の仕事を定年退職したが、受け取る年金が少なかったため、生活保護を受けて都営住宅に引っ越してきたという。

生活保護を受けていれば、サキさんのように認知症になっても、福祉につながる。しかも最大のメリットは、医療費が無料なことだ。このように、生活保護受給者が増え続ける背景には低年金の問題がある。低年金の問題が解決しない限りは、この図式は永遠に続く。

  

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結城 康博(ゆうき・やすひろ)
淑徳大学総合福祉学部教授。1969年生まれ。社会福祉士、介護福祉士、ケアマネジャー。地域包括支援センターおよび民間居宅介護支援事業所への勤務経験がある。おもな著書に『在宅介護――「自分で選ぶ」視点から 』(岩波新書)、『孤独死のリアル』(講談社現代新書)、『介護入門 親の老後にいくらかかるか? 』(ちくま新書)など。

村田くみ(むらた・くみ)
ジャーナリスト。1969年生まれ。会社員を経て1995年毎日新聞社入社。「サンデー毎日」編集部所属。2011年よりフリーに。2016年1月一般社団法人介護離職防止対策促進機構(KABS)のアドバイザーに就任。おもな著書に『書き込み式! 親の入院・介護・亡くなった時に備えておく情報ノート』(翔泳社)、『おひとりさま介護』(河出書房新社)など。

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『介護破産』
(結城 康博、村田 くみ/ KADOKAWA)

長寿は「悪夢」なのか!? 介護によって始まる老後貧困の衝撃!
介護のために資産を失う「介護破産」が最近話題となっています。本書では現在介護生活を送っている人々の生の声をルポしつつ、介護をするにあたり知っておきたいお金のこと、法律面のことなどに言及。介護で将来破綻するような悲劇を防ぐための方法論を記した一冊です。

 

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