人生100年時代といわれるいま、「相続対策」の前に考えておかなければならないことがある、といいます。税理士の本郷 尚先生にお聞きしました。
――相続対策の前に生存対策が必要とのことですが、なぜでしょうか。
本郷 私の経験上、いまの70歳代の中で子どもに多くの財産を残そうと考えている人は多くありません。子どもに財産を残さない代わりに、子どもに迷惑をかけずに暮らしたい。その上でお金が余れば子どもに残すというのが基本です。
――具体的にはどのような対策を講じればいいのでしょうか。
本郷 ひと昔前は多くの人が90歳くらいまでに亡くなっていましたから、手持ち資金の範囲でも安心して老後を過ごすことができましたが、人生100年時代といわれるようになって、「心配でお金を使えない」という人が増えてきました。計画性をもってお金を使わなければ、途中で資金が底を突いてしまうこともあり得るのです。
そこで大事なのは、100歳まで長生きしても安心な資金を確保することです。例えば65歳でリタイアするのであれば、その後は年金と貯蓄の切り崩しで生活していくことになります。それに対して生活費はどのくらいかかるのかを試算します。
家計調査年報によると、高齢夫婦無職世帯の1カ月の収支は約マイナス5万5000円です。これが65歳から100歳まで35年続くと考えれば約2310万円の資金が必要です。
これはあくまでも平均値ですから、年に1度は海外旅行に行きたい、現役時代にできなかった趣味を楽しみたい......などと考えているのであれば、必要資金はさらに増えます。
●高齢夫婦無職世帯の家計収支
●100歳までにいくら必要?
「お金が足りなくなれば節約すればいいさ」と考えている人もいるでしょうが、そう簡単ではありません。一度ぜいたくをしてしまった人は、生活のレベルをなかなか落とすことができません。支出を減らすのであれば、リタイアする前から少しずつ練習をしておく必要があります。
――教育資金の一括贈与の非課税制度を利用して、孫などに贈与をするケースも多いようですが、その前に老後資金が足りるかどうかを計算しなければならないのですね。
本郷 その通りです。仮に1億円の資産があったとしても、3人の孫に1,500万円ずつ贈与してしまえば、4,500万円がなくなってしまいます。一度、贈与したお金は二度と戻ってきませんから、必要な資金を先に確保することが重要です。
また、平均寿命の関係から、先に夫が亡くなり、妻が残されるのが一般的です。このとき法定相続分で考えると資産の半分は子どもたちに行ってしまいます。それでも妻が十分に暮らしていける資産が残ればいいのですが、そうでなければ、遺言を書いてできるだけ多くの資産を妻に残すことも考えなければなりません。
母親がお金を持っていれば、子どもたちも母親を大事にします。相続対策の前に夫婦がいかに幸せに暮らすかを考える必要があるのです。
取材・文/向山 勇