行き詰った経済社会での「都市生活者のライフスタイル」。森永卓郎さんが見つけたヒント

大人世代で心配になってくるのが老後。生活費などの資金や健康に対して不安はつきものです。そんな不安に立ち向かえるヒントを与えてくれる、森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」をお届けします。今回は、「大都市で暮らすライフスタイル」がテーマです。

この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年11月号に掲載の情報です。

行き詰った経済社会での「都市生活者のライフスタイル」。森永卓郎さんが見つけたヒント pixta_89907867_S.jpg

資本主義は限界を迎えている

マルクスは『資本論』のなかで、資本主義が行き詰まる原因として、(1)格差の拡大、(2)地球環境の破壊、(3)仕事の自律性の喪失という3点を指摘しました。

私は、いまの経済社会がこれらの点すべてで、すでに限界値に達していると考えています。

まずは格差です。

国際NGOのオックスファムは、昨年の報告書で、新型コロナが拡大した2年間で、世界の富豪10人の資産が日本円にして80兆円から170兆円へと倍増したと指摘しました。

逆に世界人口の99%の人の収入は減少したそうです。

日本ではまだ目立ちませんが、こうした深刻な格差に対する反発は、世界では「1%対99%の戦い」として大規模化、先鋭化しています。

地球環境も同じです。

今年5月に国連傘下の世界気象機関が、「地球の気温が今後5年以内に産業革命前と比べ1.5度以上高くなる可能性が66%に達する」という報告書を発表しました。

1.5度というのは、2015年のパリ協定で定めた温暖化防止目標です。

気温がこの基準を超えたら地球が壊れる可能性があるのです。

ただ、今年、世界中で山火事、干ばつ、洪水が相次いでいて、日本が経験したこの夏の猛暑や豪雨のことをみても、すでに地球は壊れ始めていると考えるべきでしょう。

そして、仕事の自律性に関しては、統計で示すことが難しいのですが、グローバル資本主義の下で、仕事が定型化、マニュアル化されて、ロボットのように働かされている人が急増していることは間違いないでしょう。

こうしたことを踏まえると、私はグローバル資本主義の命運は、近い将来に尽きると考え、その後の社会で、どう生きるべきかを模索してきました。

特に新型コロナが感染拡大してからは、1人社会実験も続けてきました。

「江戸」の暮らしにヒントがある

私の結論は、トカイナカで暮らし、太陽光パネルでエネルギーを自給するとともに、自ら耕作して食料も自給するということでした。

そうすれば、環境破壊を大幅に抑制できますし、何より農業はすべてを自分で決められるため、仕事の自律性があって、楽しいのです。

こうした暮らしをすれば、年金だけでも暮らしを続けられると私は考えています。

ただ、私のビジョンには致命的な欠落がありました。

それは、日本人の半分以上が大都市住民で、老後も大都市で暮らし続けたいと考える人が多いということです。

そうした人たちは、どうやってポスト資本主義の時代を生きればよいのか。

最近私がたどり着いた結論は、江戸の暮らしに戻ればよいということでした。

江戸の人口は18世紀初頭には百万人を超えて、世界一の人口規模になりました。

当然、超過密都市でした。

そうしたなかで江戸の町民は、とてもシンプルな暮らしをしていました。

江戸は頻繁に大火に襲われたため、何かを貯め込むことはしませんでした。

「宵越しのカネは持たない」という言葉は有名ですが、家財道具もほとんど持たず、狭い長屋で生活していました。

「立って半畳、寝て一畳」というのが、生活空間だったのです。

同時に江戸は、環境にやさしいエコ社会を実現していました。

徹底したリサイクル、リユースで、ゴミはほとんど出ませんでした。

実はこの習慣は戦後までずっと受け継がれました。

東京都で行政がゴミの定時収集を始めたのは、昭和30年代に入ってからです。

それまでは、ほとんどゴミが出なかったのです。

そして私が最も注目しているのが、江戸時代の働き方です。

統計がないので、諸説があるのですが、職人などは、夜明けとともに働き始めて、日没とともに帰るというのが基本だったようです。

ただし、途中に長い休み時間があるので、実質の労働時間は夏場で8時間、冬場で4時間程度。

ただ、はっきりしていることは、現代のように生活費を賄うために過労死水準まで働くということは、なかったということです。

賃金水準はさほど高くありませんでしたが、それでも生活に余裕がありました。

初ガツオのような初物に大金をはたいたり、エンターテインメントにもお金を使っていました。

相撲や歌舞伎や落語などに加えて、庶民はさまざまな楽しみを見出していました。

谷中の水茶屋に、おせんちゃんという女性がいて、彼女が前垂れをかけて店に出たところ、江戸中の男性が殺到するほどの人気を集めたそうです。

現代のメイド喫茶のようなものまで江戸の町にはあったのです。

さらに、お金をかけない楽しみもありました。

小泉八雲は、さまざまな日本論を書いていますが、日本人のライフスタイルの素晴らしさを、こんな風に語っています。

「日本人は秋になると、虫屋で飼ってきた鈴虫を庭先につり下げて、近所の人たちが集まって虫のオーケストラを聴いている。なんと素晴らしい文化を持っている国民なのだろうか」

無理して働かず、質素な暮らしのなかでも文化を楽しむ。

これがポスト資本主義の都市生活者のライフスタイルになるのではないでしょうか。

※記事に使用している画像はイメージです。

 

森永卓郎(もりなが・たくろう)

1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『増税地獄 増負担時代を生き抜く経済学』(角川新書)がある。

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