将来の不安を感じさせる「お金」の問題。そんなお金に人生を振り回されないためには、「知恵が必要」だと経済コラムニストの大江英樹さんはいいます。そこで、大手証券会社で長年にわたり個人の資産運用業務に携わってきた大江さんの著書『いつからでも始められる 一生お金で困らない人生の過ごしかた』(すばる舎)から、将来の不安をなくせるお金に関する知恵と備えるべき年代別ポイントを連載形式でお届けします。
60代は「楽しむ時代」
さて、いよいよ60代ということで、私の年代にやってきました(私は執筆時現在68歳です)。
60代は「楽しむ時代」ということですが、これは好きなことをやって遊ぶ時代ということではありません。
もちろん遊ぶことも大切ですが、何をするにしても"楽しむ"ことを優先してやるべき時代だということです。
例えば「働く」こと一つを取ってみても60歳まで、すなわち定年までは「生きるために働く」のが必要なことでした。
ところが60歳からは「楽しむために働く」というフェーズに入ってくるのではないだろうかと私は考えています。
もちろん仕事だけが60代でやるべきことではありませんから、そのほかについても大いに楽しむべきなのですが、恐らく「仕事」に関する捉えかたが最も大きく変化する部分だと思います。
そこでまずは「働くこと」から考えてみましょう。
仕事を楽しむ
私はこれまでずっと60歳で定年になったら、会社に残って再雇用で働くのではなく、会社を飛び出して起業すべきだということを言い続けてきました。
起業というと大げさですが、要は一人で自営業になりましょうということです。
あるいは、今までの経験や能力を生かして知人のコネやツテで新しく仕事のできる場所を探して転職すべきだということも主張してきました。
定年後、まもなく10年が経とうとしている私は、今でもこの考えは変わりません。
なぜなら会社で働くのは好むと好まざるとに関わらず"楽しむ"ことができないからです。
組織の中で働くというのは、時に自分の意思とは違う方向でも従わざるを得ません。
いやむしろそういう場合のほうが多いでしょう。
だからかなりストレスが溜まるのです。
自分で起業したり、自分のやりたい仕事を求めて転職したりすれば、そういうストレスはなくなり、仕事を楽しめるようになります。
それに若い内の転職や起業と違い、60歳での起業や転職は、うまくいかなくても年金や退職金、それに自分の蓄え次第では食べていくことが可能ですから、必ずしも嫌な仕事はしなくても良い場合が多いのです。
だから再雇用はあまり勧めていないのです。
ところがこの1〜2年で少し考えが変わってきました。
もちろん再雇用よりも起業や転職を勧めるという考えに変化はありません。
ただ、必ずしも60歳で会社を飛び出さなくても良いのではないかという考えも出てきたのです。
今は、ほぼすべての会社で再雇用や定年延長という形で働き続けることができます。
昔は55歳で役職定年、60歳で定年となっていたのが、最近の傾向を見ていると60歳で一旦退職し、立場を変えて65歳まで再雇用というのが一般的になりましたので、昔に比べると5年後ろ倒しになっていると考えても良いでしょう。
であるならば、65歳からの働きかたを自分の望むような、自分のやりたい仕事を楽しむようにして、70歳まで働く、そしてそのための準備を60歳から65歳までの再雇用期間中に行う、ということでもかまわないと思います。
多くの企業では60歳からの再雇用後は嘱託とか期間契約での雇用となるでしょうから、権限も責任も大幅に縮小されるでしょうし、時間的なゆとりも出てきます。
少なくとも現役時代のようなハードな働きかたからは少し遠のくでしょうから、そういった準備も十分できると思います。
収入も現役時代には遠く及ばない金額でも一向に差し支えないと思います。
自己実現のための費用、すなわち旅行や趣味を楽しむための費用程度が稼げれば十分だからです。
むしろ嫌な仕事を無理してやるのではなく、本当に楽しいと思える仕事だけやることは十分可能だと思います。
人とのつながりを楽しむ
定年後に最も深刻なのは「お金の不安」ではなく「孤独の不安」だからです。
より多くの人とつながり、友人と言える人を持つことは定年後の生活ではとても重要なことです。
これについては女性のほうがはるかに高い能力を持っているようです。
それは「横のコミュニケーション能力」に優れているからです。
したがって女性に関しては、この「つながりを持つようにしよう」ということについてはあまり心配する必要はありませんが、男性は必ずしも得意でない人が多いようですので、十分注意したほうが良いでしょう。
そのためには同性の集まりばかりではなく、異性のグループとの集まりにも顔を出して、コミュニケーションする努力を少しはしたほうが良いと思います。
また、50代から始めた活動、例えば趣味やスポーツ、ボランティアなどがあって、それが自分に合っていると感じていれば、さらに深化させていけば良いでしょう。
私の周りでも60代になってから始めた趣味にのめり込み、全国的に交友関係が拡がっている人もたくさんいます。
その人の性格もありますから一概には言えませんが、60歳からはできるだけ多くの人との会話を心がければ良いでしょう。
「考えること」を楽しむ
60歳からの特徴は働くにせよ、働かないにせよ、それまでと比べてかなり時間の余裕があることです。
だとすれば「考えること」を楽しむことがあっても良いと思います。
「考えること」といっても一体何を考えれば良いかということですが、いくつかの「考えること」を楽しめるテーマはあります。
(1)年金の受取りかたを考える
公的年金は現在60歳から70歳までの間、いつでも好きな時に受取り始めることができます。
自分の生きかたやライフプラン、働く収入の度合いなどによって自由に決めれば良いので、これはじっくり時間をかけて考えても良いと思います。
仮に年金の受取りを70歳からにしようと決めても、もし68歳で大きな病気をすると、その時点から受取れば良いのです。
しかも受取りかたは二通り選べます。
一つは68歳まで3年間延ばしたわけですから、それ以降は25.2%増額された年金で受取ることもできますし、仮にその68歳時点でまとまったお金が必要であれば本来の支給開始年齢であった65歳からの3年間受取っていなかった分をまとめて受取ることもできるのです。
ただし、その場合は68歳から受取り始める年金は増額されたものではなく、普通の金額となります。
このように年金の受取りかたはわりあい融通が利きますが、一旦受取り始めると変更はできませんので、じっくりと考える必要があります。
60歳になったところから自分のこれからのライフプランについてゆっくり考えることを楽しんでも良いのではないでしょうか。
(2)投資を考える
投資については、私の考えは、「投資は悪いことではないが、必ずやらなければならないものでもないし、投資に頼ってもいけない」ということで一貫しています。
したがって、投資に興味がない、あるいは投資においてリスクを取ることが受け入れられないという人であれば、投資はする必要はありません。
ただ、そうでなければ、ある程度投資はやっても良いと考えています。
私が考える60代での投資のやりかたは二通りあります。
一つは「お金の価値を維持するためにやる投資」です。
積極的にリスクを取って儲けようとするのではなく、自分が持っているお金の値打ちがインフレなどで下がらないようにするための投資です。
購買力維持のための投資であれば、「個人向け国債 変動10年」を購入するか、グローバルに分散投資できる投資信託を毎月少しずつ積立てながら購入するのが良いやりかたでしょう。
でもこれだけでは「考える」楽しみはほとんどありません。
もう一つのやりかたは金額を限定しながらも個別の株式に投資するという方法です。
定年を迎えると、どうしても世の中の経済の動きに関心が鈍くなってきます。
株式投資というのは言わば知的好奇心を刺激し、満足させてくれる最も良い方法です。
少額といえどもお金を投じるわけですから、いやが上にも関心は高まります。
今後の経済や自分が注目する企業がこれからどうなっていくかを考え、推理することは本当に知的刺激となります。
私自身は自分で仕事をしていますので、ある程度リスクを取れますから前述のグローバル投資信託の積立てと個別株投資の両方をやっています。
おかげで常に世間の話題にもついていけていますし、何よりも自分で考えるという楽しみはちょっと他では代え難いものがあります。
前半3章でお金に対する考え方や知識を、後半3章で実際のお金をどう扱うかの具体的な年代別戦略モデルを資産運用のプロが徹底解説しています