定年退職の後や年金受給の時期など、考えなければならないことが山ほどある「老後の暮らし」。哲学者・小川仁志さんは、これから訪れる「人生100年の時代」を楽しむには「時代に合わせて自分を変える必要がある」と言います。そんな小川さんの著書『人生100年時代の覚悟の決め方』(方丈社)から、老後を楽しく生きるためのヒントをご紹介。そろそろ「自分らしく生きること」について考えてみませんか?
三世代、四世代が同居する「多世代共生型住宅」が流行する?
人生100年時代になると、家族のあり方も変わってきます。
これについては、人生100年時代という言葉を有名にしたリンダ・グラットンらの著書『ライフ・シフト』(東洋経済新報社)の中に、多世代が一緒に暮らす時代になるのではないかとの予測が書かれています。
たしかに、命長き時代ですから、三世代、あるいは四世代が同じ時代を共有するわけです。
しかも長きにわたって。
そうなると、ずっとではないにしても、親や祖父母と同居する機会も増えてくるでしょう。
そのようにいうと、昔の日本に戻るみたいで息苦しく感じる人もいるかもしれません。
西洋社会の文化の影響で個人主義が広がり、儒教的な息苦しい親子の関係がようやく薄らいできたのにと。
これは人生100年時代が抱えるジレンマの一つだと思います。
グラットンでさえそこのところは明確に答えを出していません。
これから世代間交流の実験が始まると書いているだけです。
その実験結果の一つが、高齢化先進国である日本の二世帯住宅ではないでしょうか。
高齢化した親の面倒を見ないといけないという義務感と、個人としての自由を確保したいという思いがうまく弁証法的に形になったものといえます。
これは一つのアイデアで、もしかしたら今後三世帯住宅や四世帯住宅のような多世代共生型の住宅が流行るかもしれません。
もう一つの実験結果は、介護施設だと思います。
日本は介護分野でも先進国で、さまざまなサービスや施設が充実しています。
これも親のことを気にしながらも、個人の自由を確保するための知恵の結晶といっていいでしょう。
もし仮に介護施設にマイナスのイメージがあるとすれば、それは介護の現場が3Kになってしまっていて、虐待などの問題が報じられるからでしょう。
しかし、それは介護施設という仕組みの問題では決してなく、国が介護施設の重要性をよくわかっていないことに起因するものです。
もっと介護にお金をかければ、3Kの労働環境ではなくなり、介護職員もみな質が上がると同時に、心のゆとりも持てるので、虐待も撲滅できるでしょう。
そのためには、国民自身が、介護施設に対する理解をもっともっと高めていかねばなりません。
親の面倒を見るというのは、昔は当たり前だったかもしれませんが、今でさえ価値観が多様化する中で、それが必ずしも普遍的な正義ではないことは共通認識になりつつあります。
ましてや、人生100年時代には、それは物理的にも不可能になってくるのです。
いくら元気とはいえ、80歳の息子が100歳の親の面倒を自分で見るのは危険でしょう。
したがって、私たちも意識を転換していかなければなりません。
親がそのようなことを求めないのももちろんですが、自分も親の面倒を見ないということについて罪悪感を覚える必要はまったくありません。
今の老親世代は、たとえば80代後半以上であればもう戦前の人ですから、その価値観を変えるのは容易ではありません。
でも、少なくともその子どもである70代より若い世代は、発想を変えていかないと、その次の世代に迷惑がかかります。
次の世代に自分たちと同じ苦しみを味わわせないためにも、勇気を出して自分が変わっていかねばならないのです。
今は時代の大きな転換点ですから、生みの苦しみもあるでしょうが、それが新しい時代を迎えるということの意味なのです。
そうやって文明は進歩し、人々は個人としての自由を獲得してきたのですから......。
【最初から読む】「人生100年時代」を楽しく生きるために必要な哲学
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哲学者が語る20の人生訓や新時代への考え方など、人生を豊かにしてくれる言葉が全5章にわたってつづられています