最近、世界的な企業が哲学者を招き、未来を見据えた経営に行っています。それはヒトの繁栄が生きる道だと認識されているからです。国内経済の低迷は続いていますが、過去日本には「ヒトを追う」経営者がいました。故松下幸之助の側近だった江口克彦は間近で仕事に携わり、23年間に渡って経営の厳しさと妙味を体感してきました。松下翁からの聞き書きした形で経営のコツをまとめた著書『こんな時代だからこそ学びたい松下幸之助の神言葉50』(アスコム)からリーダー論などをご紹介します。
【前回】責任者には任せる、育成、創造の3つの仕事がある/こんな時代だからこそ学びたい 松下幸之助の神言葉50
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聞き役を持つ
ところで話は変わるけどね、経営者は一人の聞き役を持っておらんといかんな。
経営上いろいろな問題や悩みがある。
そういうことを聞いてくれる人やな。
そういう人がおるかどうか。
誰でもそうやろうけど、そう毎日が楽しく愉快なときばかりではない。
経営者とて普通の人間やから面白くないとき、辛いときもある。
しかし、だからというて周囲の人に当たり散らしたり愚痴をこぼしたりということでは、大勢の部下の人たち、周囲の人たちが気の毒やな。
だから少しぐらい辛いこと、厳しいことがあっても、経営者は、指導者なんやから、そういうことをグッとのみ込んで我慢せんといかんことがある。
というよりそういう場合のほうが多いわけや。
しかし、それでも我慢できん、どうにも内からこみ上げてくる激情は抑えがたい、そういうときもある。
そういうときにその聞き役やな、その人がおれば、思い切りその人に、腹の立つこと、思い悩むこと、なんでもかんでも話することができるわけや。
話をすればおおかたパーッと発散して、まあ、気を取り直してこれからさらに発奮しようかということになる。
秀吉な、豊臣秀吉。
彼がなんで天下を取ることができたかというと、石田三成がいたからやと、わしは思うんや。
秀吉は豪放磊落な人やったとか、ほがらかな楽観的な人やったとか言われとるけどな、いくらそういう秀吉でも人間や。
腹を立てたいときもあれば、愚痴をこぼしたいときもある。
そういう怒りや愚痴を三成が受け止めたんやな。
そうですか、なるほど、とか言うてね。
三成が聞いてやった。
こういう三成のような人がいたから、秀吉はほかの部下とか大将の前で、ほがらかに楽しく振る舞うことができたんやないやろうか。
それが、気分を晴らすこともできん、愚痴も言えん、煩悶を話すこともできんとなれば、もう直接部下や大将にぶつけんといかんということになるわな。
しかし、三成がいたからな。
秀吉は、そんなことをせんでよかった。
信長な、信長には、ああいう三成のような人間がいなかったからな。
もし信長に三成のような人物がいたら、光秀の、あの謀反はなかったかもしれんな。
三成は、たいした戦功がなかったのに、あれほど重用されたのは、秀吉にとってその苦悩とか煩悶とかを聞いてくれる相手、しかも貴重な相手やったからやといえるだろうな。
まあ、いつの時代にも、こういう聞き役というか、そういうものが指導者には必要だと思う。
経営者にも、だから必要なわけや。
社長にそういう聞き役がおったならば、腹の立つことでも、苦しみでも、なんでも話して気持ちを発散させて切り替えて、それでほかの部下や大将には、いつもニコニコしながら、ああ結構や、結構や、あんた、きばりなはれ、やんなはれと言うことができるわな。
そういう聞き役を持てるかどうか、見つけられるかどうか、運やろうけど、考えんといかんことやで、経営者は。
直言をしてくれる人を大事にする
それとな、反対のことを話すようやけど、自分に直言というか、言うべきを言ってくれる、そういう人も作っておかんといかんよ。
経営者として上に立てば立つほど、特に身近な人からの声は聞きにくくなる。
そればかりではなく、いい話、耳当たりのいい話しか入ってこなくなる。
周囲の人たちの、ほとんどは、そうやなあ、九九パーセントはそういう人やけどな、わざわざ自分が悪者になりたくもないし、できれば上の人からいい人材だと思われたいということもあって、たとえ会社の発展につながることでも経営者や上司に都合の悪いことは言わない。
たとえそれが経営者や上司のためになることでも、機嫌を損ねるようなことは言わないでおこうとする。
言うべきことがあっても言わない。
大抵がそういうもんやな。
そこをな、経営者も上の人も、よう心得ておかんといかん。
それはけしからん。
言うべきも言わんということは、部下としてけしからんと。
まあ、そういうことも言えるかもしれんが、人間、普通は、そういう姿やな。
それが人情というものやな。
それをけしからんと言うてみたところで、それは言うほうが無理、言われるほうがかわいそうというもんや。
だからこそ、経営者は自分にハッキリとものを言ってくれる人、直言してくれる人を大事にせんといかんのや。
こういうことに気をつけないとあきませんよ、こういうことをよく考えんとだめですよ、このごろ少し見方が狭いですよ、というようなことを言ってくれる。
そういう人を大事にする。
意識して大事にするということや。
確かにそういうことを言われていい気持ちはせんわね。
あんた、だめですよと言われて、それで喜べるということは、それはなかなかできんもんや。
しかし、それを超えて喜ばんといかん。
大久保彦左衛門?
まあ、そうやな。
そういう人材を何人持っておるのか。
多ければ多いほどええな。
そういう人の話や意見をじっと聞いておく。
なるほど、なるほどと聞いておく。
それは直言やからね。
本来、経営者みずからが思い考えんといかんことを、あえてそういうふうに言ってくれるわけやから、だから、喜ばんといかん、感謝せんといかんということになるんや。
それをね、腹を立てる。
おれはこの会社で一番偉いんだ、そのおれに意見するとは何事だと怒る。
愚かなことやね。
経営者にとって大事なことは、自分の面子より、会社の発展やないのか。
そういう人も、聞き役の人と同じように、なかなか求めて得られるもんではない。
これも運やな。
こういう人が自分の周辺に出てくるというのも、その経営者にとって運があるかないか、ということやね。
だからな、自分に直言してくれる人、時として厳しいことを敢えて言うてくれる人を大事にする。
それが会社を発展させるコツでもあるわけや。