55歳の後悔。もっと若いうちに手に職を付けておくべきだったのでは?

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ペンネーム:ふぉるてぴあの
性別:女
年齢:55
プロフィール:女性がX'masケーキに例えられていた時代、男女雇用機会均等法ができたというのに寿退社してしまった昭和世代。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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将来のことはある程度予測して暮らしてきたはずでしたが、どうも私は想像力が豊かでなかったようで、この年になってこんなはずではなかったと思うことが増えてきています。

夫が定年まで働かずに仕事を辞めてしまったこともそうです。57歳ですから年金受給まであと3年。子供に学費がかからなくなってすぐのことでした。退職金は入ったものの夫の起業資金にするというので、生活は預貯金頼みです。保険はないにしろ、家のローン、年金や健康保険に固定資産税などの税金関係など収入のあるなしに関係なく出ていくお金は、給料からの天引きで意識してこなかったことだけに、いまさらながら額の多さに驚いています。こんなことになるなら、30代、40代のまだ体力の残っていた時から少しずつ準備をしてくればよかったと後悔です。

私が子供の頃に一緒に暮らしていた明治生まれの祖母が、戦争を通して生活苦に陥った経験もあり、これからは女性も収入を得ることを考えなあかんよとよく言っていました。母は華道を長い間やっており、生計を立てるほどではありませんでしたが、華道教授としての収入がありました。私が中学生くらいになった時には茶道の師範資格も取り茶道も教えていました。今から思うと、母から華道や茶道を教えてもらっていればよかったと思わないでもありません。

私には息子が3人いましたから、息子が小中学生の時は子供の習い事、塾の送り迎えやPTAなど子供に関わる時間に多くとっていました。それはそれでとても充実した時間を過ごしていたのですが、今になってそれと並行してなにか資格やスキルを得ることを考えておけばよかったと思っています。夫への遠慮もあって子供にばかりお金をかけていましたが、自分の将来のために投資しておけばよかったと今さらながら後悔しています。

義実家の近くに暮らしていますから、その頃は実際には義父の介護の手伝いが大変だった時でもありました。でも、まだ義母が元気だった時です。主たる介護者は義母だったので、この時がある意味で自分の為に何かができるチャンスだったように思います。

義母も実父もそれぞれの連れ添いを亡くして独りになり、ともに高齢になってできないことが増えてくると、直接関わる私は本当に身動きが取れません。介護離職するというのも痛いほどわかる状況です。40代そこそこの頃は、お金が必要になればパートでもなんでも外に出ればいいかなと甘く考えていました。でも、親の病院だのお世話だのと子供が小さい時以上に手がかかり、こんなに外に出られない状態になるとはまったくの計算外。それだけでなく、自分の体力も低下してきています。何をしても疲れるような状態になってきているのも計算外です。

さて、今後はどうしましょうか。実は途方に暮れています。海のものとも山のものともつかない夫の起業。元気があるのは悪いことではないけれど、なにぶん生活費はどうする? 寝たきりの義母や認知症の父を抱えて、さて私に何ができる? 目下、家にいてどうやって収入を得るかを模索しています。

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