性別:55
年齢:女
プロフィール:子育てが終わったとたん介護生活が始まるという、我が人生に休憩なしの昭和ど真ん中世代。
※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。
◇◇◇
私が結婚したのは今から約30年ほど前、25歳の時でした。夫の両親が今の私達よりも少し若かった頃です。
夫は4人兄弟の長男。兄弟の中で初めての結婚であり、私は初めての嫁でした。それもあってか、いま思うと結婚式のときから口出しが多かったように思います。
結婚式は子供の来るところじゃないといい、私が妹のように可愛がっていた親戚の子供を呼ぶのをあきらめました。結婚費用の半分は私がOLとして稼いだお金だったのに、なにか割り切れないものを感じたのを覚えています。
初めての嫁ということで、最初は夫の実家の近くの古い家に住んでいました。義母や義父とも仲良くしようという意識もあって、自分達からことあるごとに義実家に出かけたりしました。
そのせいなのか最初が肝心とばかりにいろいろと細かいことを言われることがありました。
義両親は意地悪な人ではないのですが、思ったことは何でも口にするところがあり、忖度や斟酌されることはあってもその逆はないようなタイプの人でした。
例えば、お正月は嫁いだ先で働くものだというのもそうでした。結婚したころは、まだ私の父方の祖父母が健在でしたがかなりの高齢になっていたので、生きている間は会いに行きたいと正月に出かけたことが気に障ったようでした。祖父母がどんなに喜んでくれたかなどは想像もしなかったと思います。
数年後には夫の他の兄弟も結婚して嫁は私を含め3人になりました。でも、どうやらいろいろ言われたのは私だけだということがあとでわかることになります。
そもそも、2番目のお嫁さんはあまり義実家には来ない人です。今でも年に1度来るか来ないかという程度。私の3年ほど後に結婚していますが、都会育ちもあってか嫌なことは無理ですとはっきり言える人です。価値観が合わなければ無理に受け入れることもしないので、もしかするとそういう点で義両親とは合わなくて来なかったのかもしれません。
3番目のお嫁さんが来た時には、義父は持病が悪化して体調も悪く、弟も転勤族で遠方に暮らしたりして年に何度かしか来られませんでした。
そんな弟たちですから、お正月には遊園地のカウントダウンに出かけたり、スキーや温泉旅行に行ったりしていたのですから、私にしてみれば時代は変わったとでもいいますか......。
子育ては最初の子には厳しいが2番目3番目になると慣れてきていい加減になる甘くなると言いますが、どうやら嫁の待遇も同じだったようです。
義父は三男。継いできたものも継ぐものも何もないのに、長男の嫁だからというのもなにか割り切れないものがあります。ある意味で貧乏くじをひいたよう。いろいろ細かく言われたことを根に持っているわけではありませんが、長男の嫁というだけでなんだか義実家の都合のいいように使われてきただけかも......という気がしています。
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