<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ぴっぴ
性別:女
年齢:43
プロフィール:子供が二人(小学生高学年と低学年)いるパート主婦です。
母は私が20代の時にがんで亡くなりました。
まだ55歳でした。
長くかぜが続くと思い病院にかかったら、まさかのがん。
しかも、すでに末期も末期で、発覚してから1カ月ほどで旅立ってしまいました。
家族にとってはもちろんですが、本人にとっても青天の霹靂だったと思います。
まだまだやりたいこともあったでしょう。
残された私と父(当時56歳)は、ただただ悲しさに打ちのめされていました。
通夜と葬式は葬儀屋のホールで行いました。
通夜が終わった夜、私は母と一緒にいられる最後の時間だからと、葬儀場の祭壇の前に一晩中いました。
祭壇の前には翌日の葬儀の参列者が座るための椅子が並んでいたので、そこに座って祭壇をぼんやりと眺めたり、母が眠っている棺のそばに行って母に語り掛けたりしていました。
そうして朝の4時頃だったと思います。祭壇前の椅子に座っていた私は、10分ほどウトウトしてしまいました。
...誰!?
近くに人の気配がしたのでハッとして目を開けてみると、私より少し年上の従姉妹が心配そうに私を見ていました。
従姉妹は親族の部屋で寝ているはずだったので、どうしたのか聞くと、驚くような答えが返ってきました。
「今寝ていたとき、ぴっぴちゃんのおかあさんが夢にでてきたの。遠いところからよくきてくれたね、ありがとうねって言ってた」
彼女は九州地方から東京までかけつけてくれていました。
「それで、ぴっぴちゃんがとても悲しんでるから助けてやってね、今ぴっぴちゃんが祭壇の前で寝てるのよって言われたところで目がさめたの。それでこっちに来てみたら、本当にぴっぴちゃんが寝ててびっくりした。おばちゃん(母)が近くにいるみたいだね」
従姉妹は小さい頃から霊感が強いと親戚内では有名でした。
その話を聞いた私は、母は私が起きている間は私の近くにいてくれて、ちょっとウトウトした間、かわいがっていた従姉妹のところに会いにいったのかなあ、と思いました。
従姉妹が話した言葉も、母が言いそうなものでした。
母がそばにいてくれる、そう思うとまた涙が出てきてしまいました。
突然の死だったので、心の準備などできていませんでした。
母の余命を宣告されても、私は現実を受け入れられず、きっと治るはずだと思いこんで気持ちを保っていました。
母は優しい人でした。
いつも私を思いやってくれましたし、私のやりたいことを応援してくれる、私にとって人生最大の味方でした。
そんな母が望むのは、私が幸せに生きることだと思います。
「心配しなくていいよ、私、頑張ってお母さんが心配しなくていいように生きていくよ」
私は棺の中の母に心の中で伝えました。
翌日の葬儀の日は晴天でした。
母を見送りながら、しっかり生きていかなければと誓った出来事でした。
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