言うことは聞かないわ、感謝はないわ...!出口のない生活の救い/山田あしゅら

こんにちは山田あしゅらです。

『13番さんのあな―介護家庭の日常―』というブログで義両親の介護の様子を嫁の目線で綴り始めて10年が経ちました。

前回の記事:義父と義母のW介護。キャラの違いに、つい"ひいき"してしまう/山田あしゅら

私がブログ『13番さんのあな』を書き始めたのは2008年の1月です。

当時は義父も義母も今より足腰はしっかりしており、自分たちで散歩にも行ける状態でしたが、レベルは急速に下降していくばかり。

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そんな状況だったからこそ、この10数年の介護期間中、一番やりにくく、一番腹立たしい思いを抱いていた時期だったかも知れません。

自分の身の現状を認めたくない気持ちも作用するのでしょう。

一番身近で世話にならざるを得ない人間を拒絶し、介護者より優位に立ちたい気持ちから尊大にふるまう被介護者。

介護には時としてこういった不可思議な反応がみられます。

今思えば当時の義父はその典型だったように思います。

義父にしてみればずっと『目下』の存在であった嫁です。

「頼みます」だとか「すまないね」だとか「ありがとう」などと心の中では思っていても

今さら口にはなかなか出せないわけです。

私にしてみれば面倒を見たくもない義父のこと。しかし手出しをしなければ余計面倒なことになるのです。

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そして1時間後

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・・・と、こんな具合。

必要にかられて世話をしているだけなのに・・・

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そんな理不尽で不可解な義父のことを陰で『宇宙人』と呼び、必要以上は関わらないよう避け続ける毎日でした。

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しかし!

お互いに意地を張りあうのはそれだけでストレスを生み、次第に澱のように蓄積されていきます。

そんな中、始めたのが介護の日々を綴ったブログ『13番さんのあな』でした。

ずいぶん昔、3人の息子がまだ小さかった頃、育児や家事の合間にマンガ入りで『育児新聞』を書いていたことがありました。

当時はまだ、『父親は仕事、母親は家庭』という意識が少しばかり残っていた時代です。

夫もご多分に漏れず早朝出勤すると深夜まで帰って来ない仕事中心の生活で、子ども達と顔を合わすこともないような日々が続いておりました。

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そんな『ワンオペ育児』な生活を少なからず救ったのがこの『育児新聞』だったのです。

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コピーして実家にも毎回送っていたのが好評で、月1~2回発行のものが50号ほど続きました。

この育児新聞のことを覚えていた実家の父が義父母の介護に悩む私に、

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と言ったのが最初のきっかけでした。

パソコンに詳しい息子に指南を受けながら何とかブログを開設。

初めの頃はストレス解消、ただのグチ吐きブログのつもりだったのですが、回を重ねるうちに書いてる私も想定外の変化が次々に起きていったのでありました。

次回につづく

次の記事はこちら:うっぷん晴らしのために始めた介護ブログ。その予想外の効果とは

関連記事:肉親だからこその辛さ。在宅介護の現実を実感

山田あしゅら

指定難病及びうつ病の義父(太郎)と認知症の義母(はな子)の介護の日常を アメーバブログ「13番さんのあな―介護家庭の日常」にて綴り始めて10年近く。 山田家介護のキーパーソンでもある50代主婦。

2017年現在、現在義父は88歳・要介護3。入院をきっかけに2017年7月、老健へ入所。 義母は92歳・要介護4。週5日のデイサービスなどでしのぎながら在宅にて介護をしている。 同居家族は夫(としお・60代・会社員)長男(一郎・30代・会社員)。 このほか結婚して独立した次男(二郎・20代・鍼灸接骨院経営)とそのお嫁さん(さくら・看護師)孫(きんとき・2歳)一人暮らしの三男(三郎・20代・会社員)と結構賑やか。 これらの日常をもとに著書『毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です!』を2017年7月に出版した。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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山田あしゅらさんのブログ:「13番さんのあな―介護家庭の日常」

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