ボランティア。熊本地震で見て感じたこと

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ペンネーム:ダイチママ
性別:女
年齢:47
プロフィール:熊本市で中学生の息子と二人暮らしのケアマネージャーです。突然の地震、ボランティアの方々に救われました。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

災害が起きる度に、ボランティアとして駆けつける人たちの映像を見ながら、ボランティアさんたちはどうやって活動されているのだろう、またそれを受ける人たちはどういう思いなのだろうと思っていました。

昨年の熊本地震では、ケアマネージャーである私は、まずお客さんたちへの電話での安否確認を揺れる建物の中で開始しました。そうした中で連絡がつかない人は、夜が明けてから息子と二人で探し周りました。倒壊しかかっている家を片付けて何とか生活できるようにしたり、当初は人を救い出すことで精いっぱいで、私と中1の息子は二人で朝日が出てからまっくらになるまで走り回りました。避難所をめぐり、ご飯がないと言われるとご飯を探し、水を集め、具合が悪いといわれると病院に連れていき、どんなに疲れてもあと一人分頑張ろう、と踏ん張っていました。私は仕事の一つでもあったのですが、一緒に回る息子はまったくのボランティアでした。初めての高齢者への食事介助や、トイレ介助、へとへとで事務所に戻って炊き出しが尽きていて何も食べるものがないと分かったとき、いきなり泣き出した息子に、ずっと気を張っていたんだ、と他のボランティアさんたちや、同僚たちまわりの大人たちがハッとしました。

そのように、助ける側として走り回っていたころはあまり周りが見えなかったのですが、ふと気づくと、役所も倒壊した家屋にも、県外のゼッケンをつけた人たちが必ず居て、しかも、声をかけてくださるんです。「大変でしたね、頑張りましょうね」と。何も言葉を返せず、黙って何回も頷くことしかできませんでした。ただただ感謝でした。

ボランティアの方々は本当にすごかったです。テントの中で寝起きして、文句ひとつ言わず。一方、壊れた生活に途方に暮れて怒りっぽくなっている熊本の人たちには、「大変なことや面倒なことはボランティアにしてもらおう、私たちは被災者なんだから」という心無い態度や言葉が見え隠れしていたにもかかわらず理解を示してくださいました。たしかにみんな疲れていたし絶望していたけれど、熊本の人間として恥ずかしい思いでした。

そしてひと月もすると、次第に、ボランティアさんは無料で片付けしてくれるから、お願いしよう、という空気が流れ始めました。自分でできるはずなのに、ボランティアさんがいないとできない、と言い張る人たちに心がざわつきました。でもボランティアさんたちは何も言わずに来てくださいました。このころから、ボランティアさんへの対応をきちんとすべきだ、人の厚意を無駄にするものじゃない、と強く思うようになりました。

結局今でも残ってくださっていて、病院受診に行きたいと言う人がいればご自分たちの車と時間を使って受診の介助を無料でしてくださったりしている人たちがいます。

ボランティアの方々は、どの方も真剣に人助けを考えてくださっています。ボランティアを受ける側は辛い体験から気持ちが荒れる傾向にあり、意図せずして心無い態度を取りがちですが、それでも本当にボランティアの方々に感謝しています。ボランティアさん方の存在で、「見捨てられていない」という希望が持てます。だから、次に他の場所で災害があったら、今度は自分たちが、と被災地からボランティアが生まれるのだと、今度の地震で知りました。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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