前回の記事:「丁寧な暮らし」の中で見つけた、「しない暮らし」
2月に退職しフリーランスになりました。そして子供たちが全員社会人となれば、自然とひとり時間が増えました。ほぼひとりです。
元は5人家族で、留学生を預かっていた時には一人増えて6人の大家族。いっぱいに料理を並べにぎやかな食卓を囲んだ日々は遠い過去の記憶となっています。なにかと面倒なことが多かった母との暮らしも、今思えば賑やかだった。誰もいないリビングでスヤスヤお昼寝中の犬を見て時には寂しさを感じることもあります。
孤独とは思わない
自分を「ひとりである」と感じます。でもそれが「孤独である」と感じたことはありません。
「孤独」とは、一人ぼっちであること。環境的には「ひとり」も「孤独」も同じでしょうが、どこかで自分は別物だと線引きをしていると思うのです。
孤独の正体って、誰かに頼りたいのに出来ない、自分を理解してほしいのに相手がいない...そうやって人に期待をしすぎるから起きる感情ではないでしょうか。「ひとり」も「孤独」も、その人の芯の部分で決まるのではないかと思います。
"おひとり様こんなに愉しんで委員会"発足
同世代は未婚率も低く、周りを見渡しても「おひとり様」はほんと少ない。時々、仲良く買い物をしているご夫婦を見かけると、お茶飲み友達でも欲しいなとは思います(まぁ現実には出会いもなく無理そうですが)。
以前お会いした独身女性に、「おひとり様はどんな暮らしをしているのだろう? 喜びや悩み、時間の使い方など、おひとり様が周りにいないので興味がある」と聞いたことをきっかけに、「おひとり様こんなに愉しんで委員会」というコミュニティを作ってみました。
第1回目は女子に人気のイタリアンレストラン。参加人数は10人ほど。皆さん初対面だとは思えないような盛り上がりをみせました。ただの愚痴の言い合いになったら嫌だと思っていましが、その心配は杞憂でした。
自分の好きなことや得意をコミュニティの中で生かしていき、各々の生活に役立てれば良いと思いました。将来的にはそこで学びの場ができるのも面白いかと。そして、初めての会に楽しそうな企画が立ち上がり、実現することに!
「ひとりぼっち」ではなく「ひとり上手」
こうして仲間と楽しくイベントや旅をすることに喜びに感じています。
その一方で、ひとりでの旅も大好きです。見知らぬ土地に戸惑いながらも、なんでも自分の意思で決めていく。その土地で出会う人ともひとりだからこそじっくりと会話できます。ただぼんやりと海を眺めたり、周りを緑に囲まれた中のんびりと温泉に入ったり、部屋で静かに本を読んだり。友人との旅も賑やかで楽しいですが、誰に遠慮することもなく、好きなものを好きな場所でいただく贅沢さ。
せっかくのお料理を「おいしいね」という相手がいないのは他人から見れば寂しい姿に映るかもしれません。でも、言葉を発する必要がないので、その分純粋に食事を楽しめるのです。
「ひとり」にはひとりの良さがあるのです。
孤独ではなく孤高のひとり上手でありたいと思います。
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