【ブラッサム】開始11分という異例のタイミングで流れたオープニング。『カムカム』を想起させる名演出
毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなどさまざまな感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「『繕う』という行為」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】保(金子大地)と結ばれた珠(石橋静河)の幸福と、史実が暗示する「悲運」の予感
朝ドラ『ブラッサム』第6週は「ふたり、北へ」。珠(石橋静河)の妊娠から喪失、そして保(金子大地)との北海道への旅立ちまで、感情の振れ幅が大きい1週間で、「繕う」という行為が人と人、過去と今をつないでいた。
妊娠3か月と分かった珠に、保は結婚もせずに半端なまま子を産ませることを詫び、帝大を卒業すれば給料の良い仕事に就けるから、あと1年半は勉学に励ませてほしいと懇願する。珠のモデルである宇野千代の史実とは異なる展開で、吉本興業の御曹司との恋で未婚の母となった笠置シヅ子がモデルの『ブギウギ』を少し思い出した。
しかし、事態は意外な方向に動く。保が妊娠の報せと援助を請う手紙を実家に送ると、応じる余裕のない母の照子(山田真歩)が、自分のいとこで札幌拓殖銀行に勤める正吾(三宅弘城)を連れて訪ねてくる。二人に結婚を勧める照子の横で、正吾は出産費用と卒業までの仕送りを全て引き受けるが、条件は保が卒業したら自分のもとで働くことだ。岩国にいられなくなった珠に保のお世話係を勧めたときと同じく、照子は四の五の言わず、無邪気かつ的確に最適解を出してくる。その速さと大胆さは気持ちが良いほどで、人の心の割り切れなさを描く文学とは真逆のベクトルだが、だからこそ珠と照子は案外相性が良いかもしれない。
保は、見知らぬ土地での子育てを案じる珠に配慮して返事を保留する。その夜、思いを聞かれた珠は言う。
「なんか面白そうじゃと思った」「北の都、行ってみとうなった」
すると、保が飛び起きた。
「実はわしもそうなんじゃ!」
正吾が語る、北の都をもっと豊かにする壮大な街づくりに、保の目が輝いたことも決め手だった。第4週でリョウ(国仲涼子)の「逃げんさい」に送り出されて岩国を出た珠が、今度は自分の「行ってみとうなった」で行き先を選ぶ。二人は保の卒業後の北海道行きを決め、婚姻届を出す。
珠は出産を控えて西洋レストラン「悠樂軒」を辞め、北海道に移住することを常連客である文芸誌『首都公論』編集長の黒崎(遠藤憲一)らにも報告する。黒崎は「小説は、もう書かんのか?」と問い、「おなかに子もいますから、まずはそちらに専念しようかと」と答える珠に、「そうか、ふむ。達者でな」とそっけない。才能を感じ始めていた矢先だけに、落胆を隠すように「書かない作家に付き合ってる暇はない」と吐き捨てる。作家の秋山(高良健吾)は、結婚を「不純と矛盾の塊」と言いつつ、「そんな不純と矛盾こそが、人間らしくて好きなんだ」と祝福する。作家志望の左(北野秀気)は、珠に見せるつもりだった第一作を引っ込め、「お互い書き続けてたらまた会えるはず」と言う。書店「ぶくぶく堂」の店主・本田(川島潤哉)は、土橋風子の『花手帖』をご祝儀代わりにくれた。文芸から遠ざかる寂しさがよぎるが、生まれてくる子のことで頭がいっぱいだと、珠は保と幸せをかみしめる。
よだれかけ、おしめ、肌着。小説の題材を考えていたときと同じく、何度も言葉を頭の中で反芻しながら、珠は縫い物に励む。ところが妊娠7か月を過ぎたある日、買い物の途中でベンチに腰をおろすと、足元に鞠が転がってくる。どこからか現れた少女に、鞠を拾った珠は「あなたのでしょ? ほら、しっかり持って」と手渡す。立ち上がると、突然の激しい腹痛に襲われ、足元には赤黒いものがあった。助けを求める叫びは届かない。夕暮れの赤みを帯びた空に風が吹き抜け、無音の世界に転がる鞠と少女の姿。幻想的で、怖さと哀しさが際立つ演出だ。
場面は変わり、寝間着姿で虚ろな目をした珠のもとに、下宿の娘・マキ(中村優子)が作った雑炊を、保が運んでくる。早産で生まれた子は、息を引き取っていた。
「うち、抱っこしたんよ。小そうて、ぬっこい、人形みたいじゃった」
「どこへ行ったんじゃろうね……あの子……」と呟く珠を、保が抱きしめる。
人が生まれてくることが決して当たり前ではなく、命懸けだという描き方は、石橋静河が主演した『燕は戻ってこない』を思い出させる。下宿の大家・辰五郎(赤堀雅秋)もマキも保も、珠の好物の芋ようかんを買ってくる。マキを演じる中村優子もまた、同作で重要な役を演じた一人だ。
雨が上がり、珠は買い物に出る。つわりで作れなかった保の好物、里芋の煮っころがしを作り、辰五郎には酒を買ってくる珠。保と並んで、失った命にようやく手を合わせることができた珠は、しまってあった作りかけの肌着を目にして、涙が止まらなくなる。自分を責める珠に、保は珍しく大きな声をあげる。
「違う!」
保は泣きながら珠を抱きしめる。
翌朝、珠が目を覚ますと、保は正吾に手紙を書いている。本をぶくぶく堂に売りに行くという保を、顔を曇らせて止める珠に、保は優しく言う。
「ここを出よう、少し早いが、北海道へ行くんじゃ」「何も分からん土地で一から始めよう」
「勉学は、どうするんです」と戸惑う珠に、保は、ちゃんとした職に就けるなら、もう十分学んだと答える。1年半の勉学を懇願していた人が、珠の心を守るために、積み上げてきたものを手放す。
そこからいつもの主題歌が流れる。開始後11分という異例のタイミングが、出色だ。俯いて歩く珠が、寒々とした枝ぶりからふと目を上げると、枝先でかすかに膨らむ蕾に光が差し込む。文机の前で珠が目を上げた後、再び外が映ると、桜が咲き誇っている。いつも通りのオープニング映像なのに、まるでこの場面のために撮り下ろされたかのように新鮮だ。この主題歌の巧みな使い方は、『カムカムエヴリバディ』を思い出させた。安子(上白石萌音)は家業のために砂糖会社の息子との縁談を受け入れると決め、稔(松村北斗)への思いを押し殺して、最後に会いに行く。その帰りの汽車で一人涙を流す安子に主題歌が重なり、様子がおかしいと追ってきた稔が、汽車に乗り込んで声をかける。朝ドラ史上でも屈指の名場面である。
それから北海道の暮らしが始まる。後片づけを手伝っていた珠は、正吾の妻・浪江(杉田かおる)が13年も同じ足袋をはいていると知る。何度も繕われながら、汚れ一つない足袋である。昔はお金も物もない土地だったから、破れても大事に使ってきたという浪江に、珠は改めて頭を下げる。珠は目に涙を浮かべながら保に告げる。
「破れた穴はなかったことにならんけど、しっかり繕うたら、しぶとく、強くなるんです」
繕われるのは足袋だけではない。珠の傷ついた心も、少しずつ強くなっていくのだろう。正吾も保に言う。
「辛いことのない人生なんてない。大丈夫だ。ここで落ち着いて暮らしていれば」
当たり前の日々の営みが、少しずつ二人を癒していく。珠は得意の裁縫で近所の人たちの仕立てや繕い物を引き受け、重宝されるようになる。子どもの頃からずっと働いてきた珠にとって、仕事を頼まれることは生計のためだけでなく生きがいでもあり、頼まれることで珠自身が救われている。
北海道に長い冬が来て、珠は近所に住む妊娠中のアキから、赤ん坊の肌着の仕立てを頼まれる。ひと針ひと針心を込めて着物を縫ってくれた実母は、その着物を遺して、珠が幼いうちにこの世を去った。第4週でリョウが手元に残していた、あの着物である。自分は、我が子に着せるはずだった肌着を仕上げられなかった。それでも、誰かの赤ん坊のために丁寧に縫うことは、珠自身を辛い記憶から解放する行為でもあったのだろう。
保が頼母子講(民間の互助組織で、掛け金を出し合い、くじ引きなどで受取人を決める)で千円を当てる。身の丈に合わない大金の使い道は、まだ決まらない。運が向いてきたように見える二人だが、史実の宇野千代の結婚生活は長くは続かなかった。繕って強くなった二人の暮らしに、この千円は何をもたらすのか。
文=田幸和歌子
田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

