毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなどさまざまな感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「保という人物」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】「自分のために生きんさい」母の愛に背中を押され、珠(石橋静河)の目に再び灯った“輝き”


朝ドラ『ブラッサム』第5週は「狂騒で、東京」。岩国を出た珠(石橋静河)が、いとこの保(金子大地)と東京の下宿で暮らし始め、本と小説の世界に飛び込んでいく1週間だった。今週考えたいのは、その保という男性についてである。

史実では、珠のモデルである宇野千代もいとこの男性と結婚したが、その結婚は10日ほどで終わった。その後に元夫の弟と暮らし始め、のちに結婚する。さらに尾崎士郎、東郷青児、北原武夫らと、結婚や同棲を重ねていく。それを知って観る私たち視聴者は、保と珠の恋の「答え合わせ」を、あらゆる場面でしてしまうのだ。

「兄妹」という設定で暮らし始めた2人を、下宿屋の娘のマキ(中村優子)は怪しんでいる。保は仕送りをそのまま珠に渡してやりくりを任せ、ときには好きなものを買っていいと言う。珠が買いたいのは本で、通うのは「ぶくぶく堂」だ。そこで芥川龍之介をモチーフにした秋山格之介(高良健吾)とすれ違って大興奮し、『イワンの馬鹿』の翻訳者・小山牛丸(イッセー尾形)を褒めちぎれば、店主が「面倒なじいさん」と話す常連客、つまりご本人がちょうど現れる。憧れの小説の世界に触れて目を輝かせる珠を、保はうれしそうに見ている。相手の好きなものを理解できなくても、夢中な姿を応援できるのは素敵なことだ。

そのマキに兄妹ではないとバレそうになり、「ふしだら」と怒られ追い出されると慌てる珠に、保はこう言う。
「わしに任せちょけ」

そして下宿屋の主人の辰五郎(赤堀雅秋)とマキに正面から「すいませんでした!」と土下座し、嘘を告白する。珠は事情があって岩国にいられなくなった、2人はいとこで、両方の親が話し合って珠がお世話係になったと、ありのままに話す。事情を知った辰五郎は2人を応援し、マキも許す。

お金に頓着しない欲のなさ、告白の返事を急がず待つ誠実さに加え、珠を矢面に立たせず、下手な工作もしない。理想的な相手である。ただ、毎日好物の里芋ばかり珠に作ってもらっているように、こうした頓着のなさと寛容さは、恋愛では逆に作用しそうな気配もある。保は小説はもう書かないのか、書きたいことはないのかと珠に聞き、珠は「いろんなこと忘れんように」と岩国のことを書き始める。

そんな中、保の父が入院して仕送りが途絶え、珠は自分で働くと宣言する。辰五郎が新聞広告で見つけた西洋レストラン「悠樂軒」でウエートレスになると、文芸誌『首都公論』の編集長・黒崎(遠藤憲一)と副編集長・山中(井浦新)が来店し、珠は黒崎からチップに50銭をもらう。文芸誌の編集者が気前よくチップをはずむ、豊かで良い時代である。

浮かれて帰った珠だが、保は高額のチップに驚き、客の下心を疑って心配する。辰五郎ですら気づいた珠の化粧には、まるで気づく気配がない。第3週で、化粧をした珠に「よくお似合いですし」と言った初恋の相手・島村(工藤阿須加)とは対照的だ。それでいて、意外に独占欲が強く、嫉妬深そうな一面もある保は、珠にだけ苦労はさせられないと、新聞配りを始める。

悠樂軒には、コーヒーに砂糖を8つ入れる秋山も、作家志望の左良太(北野秀気)も来る。左はまだ何も書いていないが、作家たちの頭の中をリサーチして溜めているのだという。珠は思い切って自分の小説を読んでほしいと黒崎に渡す。店内は緊迫するが、素人ながら一流誌の編集長に直談判する大胆さが気に入ったのか、黒崎は大声で笑って受け取ってくれた。しかし、後日の評価は厳しい。

「稚拙。つまらん。テーマが曖昧で絞りきれていない。テーマに対する君の立ち位置が不明瞭。是が非か、いまひとつはっきりせん。どうせならもっと腹の中見せなさい。それができないなら、もうやめたほうが良い」

最後に「気が向いたらまた持ってくるといい」と付け加えたのは、珠に可能性を感じたからだろう。だが珠は意気消沈する。本当は少し自信があり、あわよくば一流の編集者に、と思っていたと保に本音を明かす。

そんな珠に救いの言葉をくれたのが秋山だった。珠が酷評されたと話すと、こう言う。
「それは良かった。こき下ろされて傷つくのは、自分を信じた証拠だろう。自分を信じない人間に良い小説は書けない。だからね、何があっても自分を手放しちゃいけないよ、いつか君の力になる」

第4週で継母のリョウ(国仲涼子)に「敗けてもええじゃないの」と送り出された珠は、酷評に傷ついても、こうして言葉を受け取ることができる。

左も自分の身の上話で珠を慰める。一旗あげたくて上京し、いろいろやってもモノにならず3年になるが、そこに現れたのが「珠やん」で、小説を書きたいというまっすぐな思いに目を覚まされたという。握手をかわす2人のところへ、帰りの遅い珠を心配した保が現れ、怒って珠の手を取り、家に帰る。保は、1年以上珠がこっちを向くのを待っていたと訴える。

初恋で周りが見えなくなり、ひどい失恋をした珠は、恋仲になったらきっと終わりがくる、保さんとは終わりとうない、どうしても怖いんよ、と自分の恐れを伝える。保は「わしは珠さんを裏切らん。約束じゃ」と小指を出す。その仕草に珠が「小指……」と笑うと、保はムッとして今度は「握手じゃ」と手を差し出し、握手の後に珠を抱きしめる。「わしはまだ兄様のままか」と問う保に、珠は「うち……保さんが好きじゃ」と答える。兄妹というより、精神年齢では「弟」に見えてしまう保だが、その夜、2人は結ばれる。

「なんでじゃろう。部屋も布団も何も変わらんのに、全部が違うて感じる」

珠の言葉に、保は「これからはずっとこのままじゃ」と返し、手を繋いで眠る。

そこから珠は保の世話と仕事のかたわら執筆を続け、やがて妊娠する。母になることを喜ぶ珠だが、皮肉にもそのころ、黒崎は山中に漏らしていた。

「稚拙とは言ったが、言い換えれば純粋。油断してると無邪気に心を抉ってくる瞬間があった」

ドラマはフィクションとはいえ、宇野千代の史実を思うと、珠の妊娠のその後に不吉なものを感じてしまう。保はどこで間違えたのか。珠が小説を読み、書くことを応援した時点で、新しい世界は始まっていた。仕送りがなくなって珠がウエートレスを始めたことは、珠と文芸との接点をさらに強くした。だが、保が本を与えなくても、珠はいずれ小説を読み、書いただろう。悠樂軒で黒崎らに会わなくても、どこかで小説を持ち込んでいたと思われる。珠はそれだけまっすぐで純粋でエネルギッシュな女性だからだ。

一方、里芋ばかり食べ続けてきた保は、珠の悪阻で里芋の匂いが苦手になり、食べられなくなる。悪阻が終わったらいっぱい作ると珠が約束する場面も、悲運を告げているように見える。保は誠実で魅力的な人だ。「終わらない」関係のままのほうが2人にとって幸せだったのではないか。2人の行方を、見届けたい。

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。