毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなどさまざまな感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「シマケンの本音」について。あなたはどのように観ましたか?
田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社)を原案とするオリジナル作品で、見上愛、上坂樹里がW主演を務めるNHK連続テレビ小説『風、薫る』。第25週「風媒花」は、りん(見上愛)が置いてきた人たちが戻ってくる一週だ。看護婦という仕事に国が線を引こうとする足元で、かつて線の外に落ちた二人が現れる。
内務省衛生局の柳生(中村倫也)は、近く東京府で看護婦の規則が定められる見通しだと告げる。看護婦という職業の基準を定めるとき、「患者のために懸命に働くか」という物差しを、国は使えない。情熱をはかる道具がないからだ。柳生は、線を引く側の理屈を隠さない。この国の女の半数はまだ読み書きができない、多少の犠牲は仕方ないものと受け入れてくれたまえ。そのうえでりんと直美(上坂樹里)に問い返す。君たちならどこで線を引く、試験ほど公平で実力通りになるものはない、と。
そこへツヤ(東野絢香)が訪ねてくる。第13週で看護婦を志しながら、読み書きが追いつかず、過労のミスで帝都医大病院を解雇された看病婦だ。以後は住み込みの女中として働いてきたという。どこの病院も彼女を雇わず、看護婦養成所には金と年齢制限で入れない。それでも諦められず、りんたちに雇ってほしいと言う。
ツヤが手にしていたのは、解雇の日にりんが渡した『Notes on Nursing』だった。読めたらいつかと思って独学し、辞書を引いて11年かかった。ずっと私のお守りでした、と。開けば書き込みがびっしり詰まっている。東野は、筆者のインタビュー(Yahoo!ニュース エキスパート)で解雇の場面をこう振り返っている。
「それでも最後に、りんさんが英語のノートを渡して、『はい』とだけ言ってくれる。その『はい』に込められた気持ちに、すごく心を動かされました。人からの期待があると、一番頑張れるんです」
りんの一度きりが、ツヤの11年になった。恵風看護婦会の強みは、トレインドナースだけを派出することだった。信用を守ってきたその条件が、今はそのままツヤを締め出す壁になっている。二人は自分たちでツヤを看護婦にすると覚悟を決めた。
座学を教え、現場を離れていた分は派出先で実習させる。実習の費用は、働けるようになってから給金から引く。りんは、かつて自分が二人も生徒をやめさせてしまったことを悔いていた。
ツヤへの実習の中で「その人らしい暮らしをしてもらうのが派出看護だ」とりんは教える。そして、つらいときはつらいと言うこと、必ず助けますからと続ける。第13週のりんは、熱心に励ますことでツヤを追い詰めていた。同じインタビューで、東野はその励ましについてこう話している。
「応援してもらえるのは、本当に嬉しいんです。ただ、ちょっとした弱音を吐けなくなっていたのも事実かもしれません。それでも、人を応援すること自体が悪いとは思いません。ただ自分が誰かを応援するときは、その人が口にしていること以外の感情まで取りこぼさずにいられたら、と思います」
口に出されていない感情まで受け取る側に、この週のりんは回っている。
ところが、東京府の看護婦規則によると「2年以上勤務している者は、医師の証明があれば試験は免除される」という。これを利用して、金で免状を出す医者も出てくる。いっぽうで、ツヤが以前勤めていた帝都医大病院は、ツヤへの免状発行を断る。試験ほど公平なものはないと柳生は言ったが、試験を受けずに済む人と、受けさせてもらえない人が同時にいる。
証明を前の雇い主が握る構図は、今も残っている。准看護師が看護師の国家試験を受けるための通信制の2年課程には、就業経験7年以上と、それを示す就業証明書がいる。ツヤが独学に費やした年数と、大きく変わらない。
もう一人戻ってくるのがヒデ(池田朱那)である。養成所でりんに教わり、模範的とされたその先生がツヤに手を伸ばせなかったことに疑問を抱いて、第14週で去った。そのヒデが医師になっていた。試験を3回受けてやっと通ったといい、女の医者は自分だけで何かとやらされる、と話す。今なら先生方がご苦労されていたのも、とりんに詫びる。先を歩いた人がほとんどいない道に入って初めて、教わる側にいたころは見えなかったものがわかった。
史実を見ると、荻野吟子が公許の女性医師第1号となったのは1885(明治18)年。明治末年までに医籍へ登録された女性医師は、外国人を含めて約240人にとどまる(日本医史学雑誌)。この週は明治32年にあたる。その125年後、厚生労働省の2024年の統計でも、女性医師は医師全体の24.4%である。
その後、りんのもとに、シマケン(佐野晶哉)の看護の話が来る。胃がんの手術を受けていた。まだ数えるほどしか行われていない手術である。自分のためだったら絶対に手術を選ばない、甥が学校を出るまでは、とシマケンは言う。
そのシマケンが急性胃腸カタルを起こす。医師の藤田(坂口涼太郎)が駆けつけ、経過によっては命に関わると告げる。胃を切った体にとって、吐くことと下すことはそのまま命に響く。虎太郎(小林虎之介)が薬を持って現れ、あんた努力しすぎだ、と言う。第21週で、血反吐を吐くまで努力しろとシマケンに言ったのは虎太郎だった。
医師ができるのはここまで、と藤田は言う。頑張れ、りん、と虎太郎が声をかける。りんはシマケンに頑張ってくださいと言いかけ、すぐに言い直す。そうですよね、もう十分頑張ってますよね。
病床で長年秘めていた「この手を離したくなかった」という思いを口にし、泣きながらりんの手を握るシマケン。彼は、りんの前から姿を消した理由を何ひとつ話していなかった。
「なんで言ってくれなかったんですか。言葉が足りないよ、シマケンさんいっつも。いろんな言葉知ってるはずなのに。ずるい」
第21週でその手を下したのはシマケンのほうだ。
なんでいまさら。ねえ、あのとき意地張ったんだから、張り切ってよ。張り切って生きてよ。恨み言のかたちを取りながら、りんが言っているのは生きてくれということだ。シマケンは奇跡的に回復する。
ツヤをみていたら、字が書けないと言ってるのが情けなくなった、とセツは言う。看護婦は、行き場がなくて困っている女の人が自分の力で生きていける道になる。りんと直美は同時に、看護婦を育てることを口にする。それが、線の外に置かれた人へ開かれる。
風媒花は、虫を呼び寄せるための派手な花びらも蜜も持たない。花粉を風に預け、どこへ届くかは風に任せる。解雇の日にりんが渡した一冊は、11年かけてツヤのもとで芽を出した。
文=田幸和歌子
田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

