毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなどさまざまな感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「『自由』のありがたさと苦しさ」について。あなたはどのように観ましたか?
田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社)を原案とするオリジナル作品で、見上愛、上坂樹里がW主演を務めるNHK連続テレビ小説『風、薫る』。第24週「環」は、りん(見上愛)の娘・環(瀧七海)が主役の一週だ。題の「環」は娘の名前だが、人から人へ渡り、つながって回っていくものの名でもある。自分の道を決める娘を軸に、「選べる」という状態が、どれだけありがたく、その一方でどれだけ苦しく重いかが描かれる。
東京に戻ってきたシマケン(佐野晶哉)が、りんの前に現れる。今は郵便配達夫をしていて、「これが結構しっくりきて」「ようやく人並みになれましたから」と笑う。書くことで何者かになろうとした男が、人の役に立つことで居場所を得た。
一方の環は、女学校卒業が近づいているのに何をすべきかわからない。シマケンに絵を褒められた環だが、絵を仕事にしたいのかと問われれば、描いて生きていけるわけもない、ただ好きなだけだと答える。「好きなだけ」と言っておけば、諦める痛みも期待も背負わない。
将来に悩む環は、りんに付き添い、宮川佳枝(相田翔子)の家で派出看護を見学することに。母に近い仕事を選んだら喜んでもらえるという思いも、環の中にはあったのだろう。しかし患者の気持ちを何より優先するりんは「患者の気持ちは看護を続けるなかで7年かけてわかってきた」「看護に終わりはない」と言う。看護は中途半端な思いで担える仕事ではなかった。
ある日、りんの元夫の亀吉(三浦貴大)が恵風看護婦会に現れ、祖母・貞(根岸季衣)から環宛ての手紙を渡す。寝たきりになって急に環を思い出した貞が、文字もわからないのに調べて書いたものだという。女学校は楽しいか、幸せになってほしい。一字ずつ調べて書くという手間が、そのまま思いの量になっている。
貞もまた、女であることで多くを諦めてきた人である。第4週では、りんの離縁と環の親権の要求を亀吉が突っぱねた際、「くれてやればいいべ、娘は金食い虫だ」とあえて切り捨てる言い方をして、亀吉に環を手放させた。孫を奥田家から解き放ったのだ。さらに息子の女性蔑視には「おらも女だ」と怒りもした。その貞が日本一の看護婦になった元嫁を遠くから眺め、孫の幸せを願っていた。
環は父である亀吉に会い、どうして母と別れたのかと尋ねる。彼は「女学校に入れろとりんが言うから猛反対した」「悪かったな」と謝り、「嫁ぎ先は決まったのか」と聞く。口ごもる環に、亀吉はこう言う。
「おめえの母ちゃんは自分勝手な女だ。気にすんな。母ちゃん見習ってわがままに生きろ」
その後、りんとの再会も果たした亀吉。女は嫁ぐのが一番だという意見は相変わらずだが、環の将来を憂うりんに、「贅沢に悩ませるのがおめえの望みだったんじゃねえのけ」と問い、「うちの孫は日本一の看護婦の娘だ」と語った貞の言葉を伝える。そして、患者と同じくらい環を見てやれと言い置いて去る。女が自分の力で生きるだけで大変な時代に、「奥様」の座を捨てて自分勝手にわがままに生きるのがどれだけ難しいか、亀吉はとっくにわかっている。価値観は容易には変わらないが、それでも娘には母を見習えと言う。かつて妻と娘を家に縛りつけた男の、不器用な肯定である。
一方、直美(上坂樹里)は部屋の隅で環の絵を見つけていた。環は賢くしっかりした子だから、彼女の思いに気づけなかったと悔いる直美。環はりんと直美、二人の母に育てられた。仕事の話が飛び交う家で大人に囲まれて育った子どもは、早く大人になり、自分を抑えがちだ。
思い悩んだ末、書き置きを残して出た環は、シマケンのところにいた。
「創作は恐ろしい。一度でも生み出す喜びを覚えるともうその欲望から逃れられなくなる。知らない方がよかった」
そう語るシマケンには諦めた側の寂しさがにじむ。心の拠り所がそのまま居場所になるのは痛いほどわかるとも言う。親が忙しく、寂しいときに絵を描いていた子が、今はその絵で生きようとしている。誰かに背中を押してほしいという甘さにも身に覚えがあると笑う。それでも後悔はない、やりきらないと前には進めないと語るシマケンの顔は晴れやかだ。
環とすれ違いでやってきたりんに、シマケンは「何者でもない自分でいるのが苦しかった、自由でいるのが苦しかった、誰のせいにもできないから」と当時の心の内を語る。出会った頃は、次男だから自由でいられると話していたシマケン。自由には、自分で選び、自分の力で何かにならなければいけない寄る辺のなさがある。だから、家族に助けを求められ、自由を奪われたとき、救われたのだという。決められた場所に立てたことが、そのままシマケンの安心になった。当時のシマケンは、モヤモヤするとトンビ(紙飛行機)を飛ばし、少しスッキリすると言っていた。それは誰にも預けられない苦しさを、宙に放って散らしていたのだろう。
朝ドラには、『ちりとてちん』や再放送中の『ひよっこ』のように、自由で風変わりなおじさんがときどき現れる。主人公に別の生き方を見せ、理解者にもなる役だ。環にとってのそれがシマケンであり、創作の楽しさと心の拠り所を持つ苦しさを分かり合える同志でもある。
そして環は、りんに打ち明ける。絵を描いて生きていきたい。看護婦に興味を持ったのは嘘じゃない、でも中途半端な気持ちではできないとわかった。お母さんみたいになれない、せっかく女学校に入れてくれたのにごめんなさい。立派すぎる母をどう喜ばせればいいのかわからず、ガッカリさせたくなかったとも言う。
朝ドラでは、親の思いを知らないまま母の生き方を否定し、自分の道を歩むうちにその思いを知る筋がしばしば描かれる。環の場合は違う。婚家を出た理由さえ知らずに育った環にとって、母は否定する相手ではなく、偉大すぎて重い相手だった。選択を迫られて初めて、道なき道を歩いた母の大きさと、その裏に娘へ教育を与えたい思いがあったことを知る。
娘の夢を聞いたりんは、稼ぐ手立てはあるのか、絵は結婚しながらでもできるのではないかと問う。夢を持てと言った母が、いざ娘が夢を選ぶと生活の話をする。自分は耐えられた苦労でも、できれば子どもにはさせたくないのが、親心なのだろう。そんなりんに、女が自分の力で生きていく大変さはわかっているつもりだ、私に夢を持てるようにと言ってくれたのはお母さんだよ、と環は返す。どうやって仕事にするのか考えなさい、力の限り応援するとりんは伝え、お母さんもこんな気持ちだったのかなと振り返る。
シマケンはかつて世話になった新聞社に環を紹介する。そこから環はひたすら絵を描き続け、卒業後は新聞社で働くことになった。絵で生きていくために。勤めは、描き続けるための足場である。
看護婦になりたいと言って母の美津(水野美紀)に反対され、やがて応援されたりんが、今度は環に問いを向ける側へ回る。バトンになっているのは職業でも生き方でもなく、「自分で選んでいい」という許しのほうだ。選べなかった貞、婚家を出て看護を選んだりん、絵を選ぶ環と、渡るたびに中身が入れ替わっていく。
環が働くのは、女がほとんどいない場所である。描いて食べていけるかは誰も保証せず、うまくいかなければ選んだ自分の責任になる。誰のせいにもできないというシマケンの言った苦しさを、環はこれから引き受ける。それは母が婚家を出て東京へ向かったときと同じものだ。
文=田幸和歌子
田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

