80代でも早足で歩き続けるわたしの「老いへの抵抗」。若さにしがみつく自分を笑いながら
エレノア、あなたもわかっているでしょうが、わたしだって自分が育ってきた文化の影響を強く受けています。わたしだって「老い」を恐れています。自分では老いていないと胸を張ってはいますが、そんな見栄っ張りや思い上がった気持ちは、現実を否定する思いや、長年に亘って刷り込まれてきた嫌悪感を隠すための手立てにすぎません。そんな思いを抱えながら、わたしは乗馬やガーデニングにいそしみ、愛しい娘たちや友人たちと会うのを愉しみにしています。
体力も健康も髪の毛もまだまだあります。それでも、生まれ年を伝えれば、否応なく世間に向かって大声で「自分は年寄りです」と叫ぶようなものです。年長者とか、老婆とか、はたまた東欧圏のしわくちゃの魔女バーバ・ヤガみたいに見られます。ギリシア神話に登場する三人組の老姉妹で、「灰色の女たち」とも呼ばれるグライアイは、もはや若さが何だったか忘れ果て、歯も目もひとつずつ3人の間で持ち回りで使っているほどの年寄りでした。三姉妹のうちふたりの名前は「警告」と「恐怖」でした。「老い」という言葉を耳にすると、わたしの頭に浮かぶのはまさにそのふたりの名前です。
心配しないでね、エレノア。あなたはまだ60歳で、100歳まで生きるかもしれませんよ。さらに言うと、現代医学の進み具合を考えれば、あと60年生きることだってありえます。実際にそういう人もいました。有名なフランス人女性ジャンヌ・カルマンは1875年生まれで、122歳と164日生き、1997年に亡くなりました。ジャンヌは120歳以上生きたことが確認されている数少ない人物のひとりです。もうひとりはムスリムの聖人ハズラット・ババジャンで、19世紀初頭前後に生まれて、1931年に亡くなりました。この女性は60代で悟りを開き、その後はインドの栴檀(ニーム)の木の下で施しを受けながら過ごしました。
また、中国の禅僧、虚雲は120歳前後まで生きたといいます。残念ながらもうわたしの手元にはありませんが、虚雲について書かれた本を読んだことがあります。驚くことに虚雲は生涯歩き続け、中国全土やインド、東南アジアを巡り、瞑想を実践し、教えを伝えていきました。荷馬車にも馬にも乗らず、川を渡るときに限って舟を使ったものの、あとはずっと自分の足だけで旅を続けました。歩くことこそ若さの源なのかもしれません。ジャンヌ・カルマンがどのくらい歩いていたかはわかりませんが、決して喫煙せず、広い交友関係を保っていました。
わたしの美しさの一番の秘訣は、自分自身に満足していることです。
――ティナ・ターナー
本当に問うべきは、この贈り物のような時間を、どう生きていくかです。老境に差しかかれば、自分がやがて消えていく存在であることをどうしたって意識するものです。だからこそ、一瞬一瞬がかけがえのないものに思えてきます。たとえ、すぐ肩のところまで暗闇がじわじわと迫ってきているからそう思えるのだとしてもです。
命あるのは一時的なことだとわたしも痛感しています。何ごとも一時的なものばかりです。永遠に続くものなんて、何ひとつありません。
わたしが愛してやまないこの地球は太陽の周りをぐるぐる回り続けていますが、その太陽だってあとわずか50億年ほどで内側に向かって縮んで崩壊すると聞いています。だからこそ、わたしはこれほどまでに幸せなのかもしれません。
メディアが執拗に浴びせてくる否定的な論評や恐ろしい言葉に、構っているヒマなんてありません。そういうのは若い人に任せます。恐怖でアドレナリンが駆け巡るあの感覚を、若い人は心から愉しめるはずです。
さてと、このあとの予定を片付けるために、急いで出かけることとします。でも、いつもどおり、人生もわたしもほんと手がかかるなあと苦笑いして過ごしています。
愛をこめて
ソフィ

