80代でも早足で歩き続けるわたしの「老いへの抵抗」。若さにしがみつく自分を笑いながら
『老いることの驚きと幸せ これから年を重ねていくあなたへ、88歳の作家からの手紙』(アスコム)は、59歳の女性が抱く「老いへの不安」に、88歳の女性である著者が温かく答える手紙集です。目次には「老いるのがいやでたまらない」「母と娘の関係」など、大人の女性なら誰もが共感するリアルなテーマが並びます。年齢を重ねる葛藤や変化にユーモアを交えて率直に触れつつ、その先にある「人生を愉しむ自由」を優しく教えてくれます。今回はこの本の中から、これからの人生にワクワクした希望をくれるメッセージをご紹介します。
※本記事はソフィ・バーナム (著), 柴田 幸裕 (翻訳) による書籍『老いることの驚きと幸せ これから年を重ねていくあなたへ、88歳の作家からの手紙』から一部抜粋・編集しました。
老いるのが、いやでたまらない
9月12日
エレノア、お元気ですか。
今日は仲良しの皆さんと散歩に出かけました。わたしより10 歳から20歳は若い人ばかりです。その中にお母さんを連れてきていた人がいました。お母さんは89歳で、初期の認知症を患っていらっしゃいます。今ではニューヨークのアパートで暮らすことも、大学で教えることもできなくなってしまい、仕方なく娘さんの暮らすマサチューセッツ州へ引っ越してきたそうです。母娘どちらにとっても、大変な毎日です。娘さんはお母さんを看るために自分のプライバシーと友だちづきあいをあきらめました。お母さんは恐怖と混乱をきたしていて、一筋縄ではいきません。お母さんはなんでも自分でこなしていた都会での暮らしを離れて、ひどく落ち込んでいるのです。
困ったことに、わたしはいつの間にかそのお母さんとふたりきりでたっぷり1時間もの間、一緒に歩くことになったのです。というのも、お母さんはわたしと同じくらい元気よく足を踏み出し、大きな歩幅で歩きだしたからです。他のみんなはのんびり後方ですっかりおしゃべりに夢中で、どんどん距離ができてしまいました。わたしはこの初対面の高齢女性とふたりきりで歩き続けるうちに、だんだんイライラしていきました。もっと若い友人たちと一緒に歩きたかったのに、こんな羽目になるとは、逃げ場がありません。お母さんの昔話に耳を傾け続けました。昔の記憶は鮮明なように見えましたが、でも数分もすると、今しがた話したばかりのことが記憶から抜け落ちてしまっているのです。
散歩が終わる頃には、わたしはひとり、早足で歩きだしました。仲良しのみんなには腹が立つやら、がっかりするやらです。あの人たちときたら、どうやらわたしを"年寄り組"にくくったみたいです。"年寄り"扱いなんてわたしは願い下げです。
いや、"年寄り"扱いなんて、絶対に受け入れられません!
宇宙はまるでわたしに何か教訓を授けようとするかのように、さらなる試練を仕向けてきました。散歩のあと、知人との昼食が控えていました。その知人を仮にキャシーと呼ぶことにします。顔を合わせるのは数カ月ぶりでしたが、またしてもわたしはショックを受け、じりじり、イライラする羽目に陥りました。というのもキャシーは、杖をついていても、辛うじて足を引きずるようにしか歩けなかったからです。キャシーとわたしは同い年で、誕生日もほんの数日しか違いません。それでも、キャシーは腰にも膝にも問題を抱えていて、バランス感覚にも支障があります。
とりわけ大変なのが、世の中を否定的に見る悪い癖です。わたしは歯を食いしばりながら歩調を落とし、一歩一歩幼児のように小刻みに歩く努力をしました。キャシーの腕を取り、ドアを開けてあげました。胸の奥に苛立ちがふつふつと湧き上がってきましたが、と同時に大きな感謝の念も込み上げてきました。なにしろ午前中に2度も、我慢する気持ちを学ぶ瞬間を得られたのです。
しかもさらに重要なのは、未来の自分の姿を見せてもらえた点です。今のところわたしは恵まれています。こんなに年を重ねてきたのに、身心ともにまだまだ健康なのですから。
今のところは、ですけどね。
でも、その時は必ずやってきます。誰にでもやってくるのです。ときどき、若さにしがみつこうと手を伸ばしている自分に気づくことがあります。
壺の中に入った魔神を見つける老漁師の小咄を覚えていますか? 物語の舞台ははるか昔で、その漁師はおそらく45か50歳くらい。でも、ここでは60歳としておきましょう。魔神から、願いをひとつだけ叶えてやると言われます。漁師は浜辺に立って、考えに考えます。今の自分に必要なものとは? 心から欲しいものは? 新しい漁船? もっとよく釣れる漁場? それとも、大金? けれどやがて、若さのこと、そして年老いてすっかりくたびれた妻を思い出して、こんな願いを口にします。「30歳年下の女房が欲しい」
「承知した」。魔人がそう言うと、ぱっと煙が立ちのぼり、漁師は90歳になっていましたとさ。
ある朝、目を覚ました瞬間に、いきなり80歳とか85歳、あるいは90歳になっていたら、どんな気分になると思いますか?
ありがたいことに、老いは猫のように静かに近づいてくるものです。とはいえ、気づけばいつも、不意打ちのように襲いかかってきますけどね。
そもそも衰えることなく若々しさを保てるのは精神だけだ。そして精神は、ともすれば騒がしい冒険の只中ではなく、静穏な老年期にこそ、しっかりと人間の身体に宿り、そして安らかにとどまり続けるものなのかもしれない。
――ジョージ・サンタヤーナ(訳注:スペイン出身のアメリカの哲学者・詩人。『Persons and Places(『人と場所』未邦訳)』より)

