「定年退職後、のんびりと余生を過ごしていると思っていた義父。しかし、みるみるうちに痩せていき、立ち上がるのも困難な状況になってしまいました。嫌がる父をなんとか説得して病院へ連れていくと、まさかの診断結果が...。え!? あのお義父さんがどうして?」

義父は元教員。一気にやりがいをなくした末に...

診断の結果は、まさかのアルコール依存症でした。

「アルコール依存症?」

「お酒が大好きな人やだらしない性格の人がなるんでしょ?」

「自分はお酒に強いから大丈夫」

「うちの人は真面目だから縁のない話」

そう思っていませんか? 

私も同じでした。

義父は元教員で、定年まで中学野球部の監督をバリバリ務めていた、まさに「昭和の親父」といった感じの厳格な人だと思っていたのです。

しかし、逆に考えると、教員と監督という仕事を長年生きがいのようにしてきたので、それらを同時に退き、情熱を注げるものが一気になくなって、喪失感があったのかもしれません。

骨董品の手入れや読書も、結局は「暇だからやるか」程度のもので、義父の心の穴を埋めるほどの趣味にはならなかったのでしょう。

そして依存症になる大きな原因は、料理の合間にお酒を飲む、いわゆる「キッチンドリンカー」になっていたことでした。

同居していた息子(私の夫)と娘がほぼ同時に結婚して家を出て、義父母の二人暮らしでは料理の作り甲斐がなくなってしまったのかもしれません。

毎日ちょっとしたおかずだけを作っては、空虚感を埋めるために合間にお酒を飲むようになったのかな...と義母と夫が話していました。

退職したばかりの頃は夫も義妹も義実家に住んでいて、仕事から帰ってくる我が子たちに手料理を作っては、味の感想を聞くのが楽しみだったようです。

痩せ細った理由は、料理中にお酒を飲んで酩酊状態になり、自分で作ったものを一切食べずに翌日まで寝入ってしまうようになったからだと思われます。

「アルコール依存症は誰でもなり得ます。お酒に強いか弱いかとか、性格の問題ではないんです。もともとお酒が嫌いな人がなることだってあります。気分を高揚させたい、つらいことを忘れたい―そういった気持ちでお酒を求めて飲酒が習慣化することで、いつの間にか依存症に陥るんです」

担当医からはそんな説明があったそうです。

その後、義父は点滴で回復し、入院することなく帰宅。

医師の紹介で依存症治療を行っている近所の心療内科に通うことになったのですが...。

「依存症ってほど飲んでるわけじゃないのに、医者っていうのは大げさだなあ~! 来た患者には絶対に病名をつけなきゃいけないと思ってるのか? これだから勉強ばっかりしてきた人間は!」

義父は豪快に笑っていました。

床に突っ伏して立ち上がることさえできなかったのに...義母は「先が思いやられるわ...」と呆れていました。

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