「ママじゃなくて、ごめんな」参観日に父を傷つけた私。他界して10年…今、私が父に伝えたいこと<後編>
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「私が小学生だったときのことですが、今でも後悔していることがあります。参観日に作業着で現れた父を避けてしまいました。当時は、みんなと違うことが恥ずかしかったのです。でも、大人になった今、思い出すのは家族のために懸命に働く父の姿。『お父さん...』もう会えない父に贈る私の思いとは...」
父が参観日に駆けつけた理由
「ごめんなあ。いったん仕事に出たんだが、雨で仕事がなくなったんだ。家に戻ると今日は参観日だと聞いて、こんなときしか行けないし、急げば間に合うと思って走っていったんだ。ママと一緒に行けば良かったかなあ」
そんな父の姿に、これ以上何か言うと泣きだしてしまいそうで、黙ってその場を離れました。
しばらくはなんとなく気まずくて、父との会話もギクシャクしていました。
決して父のことが嫌いなわけではなく、ただ他の子と違うことが恥ずかしくて、そして父の作業着にも恥ずかしさを感じ、心ない言葉を言ってしまった幼い私。
中学生や高校生の頃も、友人が家に遊びに来たときに作業着姿の父がいると、友人に会わせたくない気持ちになったものです。
幼いながら、そのことを申し訳ないと感じてしまう自責の念もありました。
けれど、大人になり、父の仕事に対する真面目な姿勢や、その仕事の大切さを知り、幼い日に感じた恥ずかしさは尊敬に変わりました。
なぜあんな風に思っていたのだろうと、今度は自分が恥ずかしくなりました。
もし、父が生きていたなら、私の子どもの参観日に一緒に行ってほしかった。
誇らしげな作業着姿で。
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