「営業」に救われた肉乃小路ニクヨさんが、「営業向きでないと思う人」が営業に向いているという理由

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『確実にお金を増やして、自由な私を生きる! 元外資系金融エリートが語る価値あるお金の増やし方』(肉乃小路ニクヨ/KADOKAWA)第4回【全5回】

「ドラァグクイーン」の全国大会的イベントで優勝経験を持ち、「ニューレディー」という肩書を名乗る肉乃小路ニクヨさん。 20~40代前半まで、証券会社・銀行・保険会社といった金融機関を渡り歩いてきて、今現在も、毎日2時間経済ニュースをチェックする「経済愛好家」だといいます。

初の書籍となる『確実にお金を増やして、自由な私を生きる! 元外資系金融エリートが語る価値あるお金の増やし方』 では、その経歴・知識を惜しみなく伝授、お金の増やし方を教えてくれます。

本稿では、「ニクヨ式」お金を稼ぐ術、そしてお金を増やすマインドをご紹介します。

※本記事は肉乃小路ニクヨ著の書籍『確実にお金を増やして、自由な私を生きる! 元外資系金融エリートが語る価値あるお金の増やし方』(KADOKAWA)から一部抜粋・編集しました。


向いていないと思っていた「営業」に救われた

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お金を増やすのに必要な「営業力」

私は順風満帆に外資系企業の正社員になったわけではありません。契約社員やアルバイトも経験しています。20代後半まで、私は契約社員でした。収入が思うように上がらず、腐りそうになったこともあります。低評価だったり、上手く業務を回せなかったりした時などは、ストレスで掌の皮が全部めくれた時もありました。時給の良さにつられ、クレーム対応の仕事をして、心を病んで引きこもってしまった経験もあります。

でも、私は復活しました。私を復活させてくれたのは「営業」という仕事でした。信じられないかもしれませんが、私はコミュ障(コミュニケーション障害)です。大学時代も陰キャで、ドラァグクイーンとしても、ショウタイムは頑張るけれど、それ以外はほとんど役に立たない自分勝手なクイーンでした。そんな私は絶対に営業に向いていないと思っていました。だけど、このままだとどんどん周りと差がついていきます。大学時代の友人たちは企業で3〜4年目となり、ボーナスや昇給で豊かに暮らしていました。後輩たちも私より良い生活をしています。遅れた分を取り返すには「営業」から叩き上げるしか方法がなかったのです。

自分をもっとアピールできる(売り込める)ようになりたいという気持ちもありました。そのためにも「営業」を経験することは自分の役に立つのではないかと思い始めた頃、ある銀行で投資商品を売る歩合制の契約社員として働き始めました。コールセンターの経験があったので、電話の腕を買われての採用でした。

今までは受ける(受信)だけの仕事だったのに、今度は電話をこちらから発信しなければなりません。ものすごく抵抗がありました。要らない情報なのでは?嫌われるのでは?最初はおっかなびっくり電話をかけていました。新人は口座開設をした人にお礼の電話をかけさせられます。そこで、興味がある商品がないかを聞き出し、興味があれば資料を送り、説明して、最終的に電話だけでクロージング(契約成立)まで求められる仕事でした。

電話をかけていくうちに、50本に1本くらいは話を聞いてくれることがわかりました。話ができるとあとは受信の仕事の時に培った説明スキルを使うだけです。この経験は大きかったと思います。自分の発信なんて、迷惑になるだけだと思っていたのが、必要としてくれる人もいる。そういった人に出会うために頑張ろうと思えるようになりました。

 

肉乃小路ニクヨ
経済愛好家、ニューレディー、コラムニスト。
渋谷教育学園幕張高等学校を卒業し、慶應義塾大学総合政策学部へ進学。大学在学中より女装をスタート。大学卒業後は金融業界で10年以上勤務し、お金のプロとして様々な提案を行う。証券会社、銀行、保険会社などを渡り歩き、夜は新宿2丁目の夜の社交場で、人間観察力を磨いてきた。42歳で退職し、その後はフリーランスとして、自分らしく生き、人生をバラ色にするために必要なお金との付き合い方を、多くのメディアで熱く発信する。千葉県出身。

※本記事は肉乃小路ニクヨ著の書籍『確実にお金を増やして、自由な私を生きる! 元外資系金融エリートが語る価値あるお金の増やし方』(KADOKAWA)から一部抜粋・編集しました。
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