【ブギウギ】弟の戦死に混乱するヒロインの「笑顔」に鳥肌...衝撃的な「戦争の表現」と「幻の反戦歌」

【先週】朝ドラファンなら知っている「チーム制脚本」の難しさ。本作の「脚本家リレー」が成功した理由は

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「戦争の表現」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

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趣里主演のNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)『ブギウギ』の第10週「大空の弟」が放送された。

ツヤ(水川あさみ)の死から立ち直れない梅吉(柳葉敏郎)と、前を向こうとしているスズ子(趣里)に、さらなる悲劇が襲うことが週のサブタイトルから予想された今週。父と子のそれぞれの「死」との向き合い方と立ち上がり方が圧倒的パフォーマンスと共に描かれる。

1941年、歌う場所を失ったスズ子(趣里)は、茨田りつ子(菊地凛子)に触発され、自分の楽団を結成。そこに、スズ子が追い出した元「弟子志望」の小夜(富田望生)が押しかけ、付き人になる。

しかし、敵性音楽を歌っているという評判から公演はできず、さらに出征中の六郎(黒崎煌代) が戦死したという知らせが届く。事実として受け入れられない梅吉(柳葉敏郎)は、スズ子に同意を求めるが、「ああ、やかまし。わからへん言うてるやろ!」とスズ子は混乱と怒りをぶつける。そして、「じっとしてたら気がおかしなりそうやねん」とビラ配りや歌の練習に打ち込もうとするが、歌えなくなってしまい、自身の動かない体を痛めつけるように罵り、「怖かったやろなあ、可哀想やなあ」と六郎を思いつつ涙を流す。

そんな矢先、米英との戦争が始まり、高揚感で興奮した様子の人々に戸惑いつつも、自暴自棄に「万歳!」を共に叫ぶスズ子。怒りと悲しみ、混乱と絶望と投げやりと、ぐちゃぐちゃの感情を笑顔に変える趣里の芝居には鳥肌が立つくらいだ。なんという戦争の表現だろうか。

一方、梅吉は六郎の死をまだ受け入れられず、故郷の香川に帰る準備をしていた。「1からやり直す」という梅吉に、「ワテは数に入らへんの? ほんまの娘やないから」と呟くスズ子。

そんな中、歌う場所がなくなったスズ子とブルースの女王・茨田りつ子に、羽鳥(草彅剛)が合同コンサートを提案。それでも、六郎の死により歌えないままのスズ子に、羽鳥が新曲『大空の弟』をプレゼントする。

合同コンサート当日。満員の観客を前に、りつ子の言葉「歌手は歌と共に生きております。この世がどうあろうと、絶望にうちひしがれようと、歌うことは生きること。それに変わりはありません」が胸を打つ。りつ子の歌に続いて、スズ子が歌ったのが『大空の弟』。

「〇〇部隊」と伏字だらけの弟の手紙の虚しさと理不尽さへの怒り、悲しみ、不自由なく暮らしている自分たちの罪悪感とが歌いあげられる。六郎の戦地からの便りを歌った、戦意高揚の「軍歌」。しかし、全く軍歌ではない、深い悲しみが伝わってくる反戦歌だ。

これは2019年の神野美伽主演・白井晃演出の舞台『SIZUKO! OF BOOGIE~ハイヒールとまつげ~』の第一幕幕切れの際に初めて披露されたもの。1940年代当時の笠置シヅ子と服部良一の思いが、そのまま眠り続け、2019年の舞台製作の中で発見された。しかし、公演は約1週間大阪でのみ行われ、そのままコロナ禍に突入したという、いろいろな意味での「幻の曲」である。それが今回ブギウギバージョンとして楽譜に、こうして朝ドラで多くの視聴者の元に届けられた。

歌い終わって泣き崩れるスズ子だが、立ち上がらせたのは六郎の笑顔の幻、そして羽鳥の優しくも強い「しっかりしなさい」という言葉だった。そこから立ち上がり、『ラッパと娘』を歌いあげるが、それは枠の中で自由を失ったときとも、それ以前の自由に踊りまくれたときとも違う、自らを縛り付ける枠をぶち壊すようなエネルギーに溢れた歌だった。圧巻のパフォーマンスに観客は総立ち。緊張した面持ちで見ていた梅吉も、泣き、笑い、六郎の死を受け入れ、新たな一歩を踏み出す。

改めて香川に行くことを決めたと言う梅吉に、スズ子は「情けのうてだらしない、何の役にも立たへんお父ちゃんやけど、寂しい。なんでやろう」とつぶやくと、梅吉は言った。

「決まってるやろ。親子やからや。当たり前やないか」

かつて道頓堀で記憶をなくしたゴンベエ(宇野祥平)に手を差し伸べた梅吉と、行くあてのない小夜を引き取ったスズ子。直情径行であることも含め、血は繋がっていなくともそっくりな二人は紛れもない親子だ。

スズ子が立ち直れたのが「仕事=自分の生きる場所=歌」だったように、梅吉にも立ち直る場所が必要だ。それは、友人も仕事もなく、娘を頼って暮らすだけの東京ではなく、自分が必要とされる・役に立てる場所=香川なのだろう。ツヤが危篤から一瞬持ち直した際、番台に立ったように、「生きること=必要とされる場所」において父と母、娘がつながっていることを感じる第10週だった。

文/田幸和歌子
 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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