毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「『描く部分』と『描かない部分』」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
【先週】「本物」を知った田邊教授(要潤)の焦り、嫉妬...「持てる者」側の孤独が際立つ「構成力」
長田育恵作・神木隆之介主演のNHK連続テレビ小説『らんまん』の第15週「ヤマトグサ」が放送された。
田邊教授(要潤)の逆鱗に触れた万太郎(神木)は、何者でもない自分が植物の名付け親になる道を探す中、誰もが認める植物図鑑を作るという一世一代の挑戦を決める。
そんな中、今週もまた「描く部分」と「描かない部分」の塩梅がまたしても絶妙だった。
万太郎は、昼間は大学で研究、夜は大畑(奥田瑛二)の印刷所に通うと言うが、万太郎の身体を案じた寿恵子は石版印刷機を買うことを決意。印刷機は1000円という高額だが、ここで寿恵子が峰屋から渡された1000円が役立つことになる。
お金を渡す場面をあえて見せず、金銭感覚に乏しい万太郎には言わずに、寿恵子にこっそり託していた綾の姉心が伝わってくるスマートさ。そして、そのお金の使途をずっと寿恵子が気にかけていた描写があるから、ご都合に見えないのだ。
寿恵子は、福治(池田鉄洋)から身の丈に合わない望みは不幸になるとアドバイスされるが、アドバイスを受け止め、理解・覚悟したうえで身の丈に合わない望みに踏み切る。実は万太郎以上の「冒険者」だろう。
そこから長屋では印刷機を置くため、間の壁をぶち抜く大リフォーム計画が進む。しかも、版元に100円の先払いを求められた際、質屋で何とかお金を捻出しようとする寿恵子を見た倉木(大東駿介)の妻・えい(成海璃子)は、夫婦揃って万太郎たちの元を訪れる。そこで倉木が「これを使ってくれ」と100円を渡す。これは上京したての万太郎が、植物標本を盗んだ倉木から標本を買取るために渡した100円である。
そのとき、「施しか。金を恵んで気分がいいか」と言い、なぜ雑草に金を払うのかと聞いた倉木に、万太郎は「雑草ゆう草はないき。必ず名がある」「わしは信じちゅうき。どの草花にも必ずそこで生きる理由がある。この世に咲く意味がある」と言った。そこから倉木は再起をはかることができ、「施し」ではなく万太郎が「闘う」ために100円を渡すのだ。
あの100円を倉木は使えずにいるだろうと思った。しかし、まさかここに来て万太郎のもとに戻ってくるとは。しかも、倉木はしっかり働いているが、えいは今も質屋に出入りしている様子から、「貧乏暮らし」が簡単に抜けられるわけでもないリアルもここにある。多くを語らずともいろんな人の暮らしが見えてくるのだ。
そんな長屋に大窪(今野浩喜)と波多野(前原滉)、藤丸(前原瑞樹)がやって来て、大窪は万太郎に、高知で採集してきた植物を共同研究させて欲しいと頭を下げる。
万太郎という天才の存在は、ともすれば他の者の自信や意欲を奪い、敗北感のみ与える毒になりうる。おそらく大窪が万太郎に当初抱いた思いもそうだったろう。
東京府知事の父や留学経験を持っていても職場も見つからず、勝海舟の口利きという最強コネカードを使ってようやく植物学教室の御用掛になったという大窪。父に見限られないため、田邊に気に入られたい一心で努力して来た中、現れたのが、ただ「草花が好き」と笑う万太郎だった。田邊もまた、新しい学問だと世に出られるという思いで植物学を選んだのだという。
しかし、それでは万太郎には誰も勝てないとわかり、初めて「植物を好きになりたい」と本気で思うようになり、「何を見てどこが好きなのか傍にいて知りたい」と懇願。すると、万太郎は大窪の論文に植物への愛が溢れていることを指摘、「生きる場所を懸命に探して岩の上で着生する、そこに心動かされたがでしょう」と言い、申し出を承諾する。
「どうしてここに来たがかより、みんなここにおって今日も植物学に生きる」という万太郎の言葉と、徳永助教授が学生たちに言った「どうやってここに来たかは問わない。だが、そこから変わっていけるかどうかだ」が響き合う。
万太郎との共同研究については田邊が猛反対するが、徳永は、万太郎の情けを受けたのは自分たちであり、この研究に関われなければ植物学教室は何の実績も残せないときっぱり指摘し、万太郎らを援護射撃する。
そこから連日連夜、研究に励む万太郎と大窪。採集して来た植物を調べる上で、既存の資料から該当するものを探すのではなく、「ないこと」を証明するのだから、大変だ。そのポイントは、図鑑に表記のある「セリゴナム」と一緒ではないことを証明することだが、土佐で採集した植物がギリシャの植物とつながりがあることを知るワクワク感と共に、時間の経過や季節の移り変わりなどがさらりと描かれるところも、本作の巧みさだ。
そしてついに新種と証明できた植物に、万太郎は「ヤマトグサ」と名付け、大窪と論文を書き上げ、植物学雑誌に掲載。これは、日本固有の植物を新種として日本の雑誌で発表するという、日本で植物学が始まって以来の快挙である。
と同時に、万太郎が雑誌と並行して作ってきた土佐の植物図譜も完成。その一方で、3代にわたって研究してきた伊藤孝光(落合モトキ)が留学先からトガクシソウを新種として発表したことで、田邊のトガクシソウの発表は絶望的状況に。一方、寿恵子の身体にもある変化が......。
万太郎周りのたくさんの笑顔と「動」の描写の一方、田邊を覆う孤独と「静」の描写が一層際立ってきた。