「愚妻」?「嫁」? ときには臆面もなく「愛妻」と呼ぼう/大人の男と女のつきあい方

pixta_21352207_S.jpg40歳を過ぎ、しかも家庭を持つ男の恋愛は難しいのが現実。しかし、年齢を重ねても、たとえ結婚していても異性と付き合うことで人間は磨かれる、と著者は考えます。

本書『大人の「男と女」のつきあい方』で、成熟した大人の男と女が品格を忘れず愉しくつきあうための知恵を学びませんか?

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女としての妻を、愛していますか?

「粗品ではございますが」「薄謝ですが」「拙宅にお越しくだされば」......。
日本には「謙遜(けんそん)」という独特の表現の文化がある。いいとか悪いという問題ではなく、それはそれで民族の文化なのだが、あまりにいきすぎた謙遜の表現はいただけない。自分では「粗」とも「薄」とも「拙」とも思っていないのに、過剰にへりくだる必要はない。

モノとか金とか家なら、まだ罪はないが、これが人に対してとなると、ちょっと困ったことにもなる。
同じ日本人同士なら大きな問題にはならないが、そうした慣習を知らない外国人相手だと思わぬ誤解を招くことがある。パーティーの席で、日本語をかなりのレベルで理解できるフランス人女性を交えて四人で話をしていたときのことだ。

「うちの愚妻がいま、実家に帰っていましてね。今日は羽を伸ばそうと思って......」
同席していた一人の発言に、そのフランス人女性が質問してきた。
「グ・サ・イってどんな意味ですか?どんな漢字を書きますか?」
手にはボールペンとメモ。日本語の習得に一生懸命な外国人ということで、私を含め、日本人三人で説明を試みた。「愚」という漢字のつづりと意味も教え、ときには身内を卑下する表現を使うこともある日本の謙遜という習慣を説明した。彼女は理解したような表情を浮かべながら、こう答えた。
「あなた、奥さんを愛していない。離婚しますね?」
三人の日本人は一瞬、あっけにとられたが、説明をあきらめて曖昧な笑いのまま、話題を変えることにした。

だが、よくよく考えてみると、彼女の反応は極めて当然のことのように思われる。日本人男性が妻を卑下する表現は、とても奇妙なものだ。いつも「愛する妻」という必要はないにしても、そう思ってもいないのに「愚妻」とは、ひどいといえばひどい表現だ。

文化、風習といってしまえばそれまでで、いう夫もいう夫だが、それを黙って聞いている妻というのもおかしなものだ。こういう言葉を何となく口に出し、抵抗も感じないで受け入れていれば、夫婦関係もその言葉に制約を受けるようになってしまうのではないだろうか。「本音と建前」とはいうものの、である。
本当に妻を愚かだと思っていなくても、いつのまにか、妻に対する接し方にぞんざいさが芽生えてくるかもしれない。妻は妻で、自分に対する愛情や尊敬の念が薄れてしまったと感じるに違いない。

いまはもう、若い世代のカップルの間では「愚妻」などという言葉は使われないようだが、代わりに登場してきたのが「嫁」という言葉だ。テレビなどで、しばしば関西のお笑い芸人が自分の奥さんのことを「嫁」という。この影響なのだろうか。最近では、関西出身でもない20代、30代の男性が「うちの嫁が......」などという言葉をよく口にする。

そもそも「嫁」という言葉は、舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)が自分の息子の妻のことを外部の人に話すのに使う言葉ではなかっただろうか。少なくとも、われわれの世代では妻を「嫁」という人間は少ない。われわれ世代がよく使う「女房」とか「家内」という表現も、似たようなものかもしれないが、「嫁」という言葉を耳にすると、私は何となく居心地が悪い。封建的な家族制度の香りがする言葉と感じてしまう。」
いわれた女性にとっても決して喜べる呼び名ではないはずだ。

愚妻とか嫁という言葉を使うなとはいわないが、少なくとも本人の前では極力使わないほうがいい。争いごとの火種になりかねない。照れくさい気持ちはわからなくはないが、妻のいる前では厳禁である。
ときと場合によっては、嘘でもいいから、「うちの愛妻」くらいの言葉を臆面もなく口にするほうがいい。

女性はいくつになっても、男にとって一人の女として君臨したいと願う存在であることを覚えておきたい。
言葉、とくに会話をするときの言葉は、メールや手紙などの場合とニュアンスが違ってくるときがある。たとえば、英語の「アイ・ラブ・ユー」は日本語では「愛している」だが、中高年にとっては、口にしにくい言葉でもある。だが、せめて「好きだよ」くらいは妻にもいってあげたいものだ。

男女ともに、洗練された会話言葉というものをもっと磨きたいものである。

 

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川北義則(かわきた・よしのり)
1935年大阪生まれ。1958年慶應義塾大学経済学部卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。文化部長、出版部長を歴任。1977年に退社し、日本クリエート社を設立する。現在、出版プロデューサーとして活躍するとともに、エッセイスト・評論家として、新聞や雑誌などに執筆。講演なども精力的に行なっている。主な著書に『遊びの品格』(KADOKAWA)、『40歳から伸びる人、40歳で止まる人』『男の品格』『人間関係のしきたり』(以上、PHP研究所)など。

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『大人の「男と女」のつきあい方』
(川北義則 / KADOKAWA)
「年齢を重ねても、たとえ結婚していたとしても、異性と付き合うことによって、人間は磨かれる」というのが著者の考え。しかし、40歳を過ぎてから、 しかも家庭を持つ男の恋愛は難しいのが現実です。 本書は、成熟した大人の男と女が品格を忘れず、愉しくつきあうための知恵を紹介。 いつまでも色気のある男は、仕事も人生もうまくいく!

この記事は書籍『大人の「男と女」のつきあい方』からの抜粋です
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