都市部や新幹線で得た利益によって地方の鉄道路線を維持する状態が続いていたJR各社。人口減少にコロナ禍も加わり、2020年度以降の収支はほぼ全てが赤字状態です。他の地方路線を抱える鉄道会社も、同様に苦戦を強いられています。そこで今回は、関西大学経済学部教授の宇都宮浄人(うつのみや・きよひと)先生に、詳しくお話を伺いました。
JR西日本がこの4月、乗客数が著しく少ない在来線17路線30区間を公表し、いずれも大きな赤字であることが分かりました。
これまでJR各社は、都市部や新幹線で得た利益によって地方の鉄道路線を維持している状態が続いていました。
しかし人口減少に加えコロナ禍により、2020年度以降の収支は下の表のようにほぼ全社ともに赤字の状態です。
地方の鉄道路線についてのJRの考えは?
いままでは(地方の赤字路線を)都市部や新幹線の利用者の負担によって支えてきた。
それがなかなかそうはいかなくなってきている状況。
※2022 年4 月11日の赤字路線公表時の発言より
他の地方路線を抱える鉄道会社も、同様に苦戦しています。
地域公共交通について詳しい宇都宮浄人先生は「これはコロナ禍が原因ではなく、以前からあった問題がコロナ禍を機に浮き彫りになったと言うべきです」と話します。
さらに、「日本では戦後に急速な人口増加、経済成長があったことで、地域の鉄道であっても運賃収入だけで維持できるという幻想のような考えが一般的になっていました。でも、鉄道は基本的には都市部と新幹線以外は赤字になるもの。実際に、日本以外の国では鉄道は公共サービスとして運営されています。赤字であっても支え続けなければならないサービスという位置付けなのです」と続けます。
JR西日本の長谷川一明社長が4月の公表時に述べたように(上の発言参照)、日本も今後は地方の鉄道路線のあり方について考え直さなければならない時期に来ています。
維持し続けるには、どうすればよいのでしょうか。
宇都宮先生は「ヨーロッパを中心に用いられている仕組みで、上下分離方式というものがあります。日本もこの仕組みをもっと取り入れていくべきです」と指摘します。
上下分離方式とは、下の図のように鉄道の運行サービスの提供、つまり「上」の部分は民間企業が運営し、「下」の部分であるレールなどの軌道は自治体や国が道路と同じように整備し維持するという方式です。
鉄道の上下分離方式とは?
上
鉄道の運行サービスが「上」の部分にあたります。「欧州では、例えば1時間に3本は必ず鉄道を運行させるといった契約を結ぶ方式であるため、委託を受けた民間企業もコロナ禍だから鉄道の運行を中止します、というわけにはいきません」と、宇都宮先生。
下
レールや枕木など鉄道が走るためのインフラが「下」にあたります。「インフラ部分は自治体や国が道路と同様にしっかり責任を持って維持・管理し、運行は民間企業が自由にサービス展開を行うというように切り分けることになります」(宇都宮先生)
「上下分離方式なら、鉄道の運行に関しては民間企業に委託することでより質のよいサービスが期待できます。一方、線路設備が被災した場合などでは、これまでは鉄道会社が自力で復旧させるのを待つ必要がありましたが、道路と同じように自治体や国主導によってスムーズに復旧が進められるでしょう」(宇都宮先生)
宇都宮先生はさらに、学生の「定期券」が抱える問題についても言及しています。
「通勤定期券よりも学生の定期券は安価ですが、その割引分に充てられるのは鉄道会社の運賃収入。つまり、利用者の負担です。マイカーで出かける人は、その分を負担していません。これはおかしなことです。自治体や国からの補助が出るように、見直されるべきです」(宇都宮先生)
地方の鉄道網を守っていくために、私たちにもできることはあるのでしょうか。
「赤字と言われる路線でも、朝夕は学生たちで込み合うケースも少なくありません。鉄道だけが移動手段ではありませんが、自分たちの地域の将来を考えて、一人一人が声を上げるべきです。そういう声が大きくなれば、市長や議員といった人たちも気になり、敏感になるはずです」(宇都宮先生)
これからの時代は、地域の鉄道は自分たちで守るという意識も大切になりそうです。
《地方の鉄道路線を守るだけで十分?》
宇都宮先生は地方の鉄道路線について、「守るだけではなく、生かすという発想も必要です。1日に数本だけの鉄道では、多くの住民にとって日常の足になりません」と指摘。「鉄道の本数を増やす、またはバスと組み合わせて移動のQOL(生活の質)を上げることで、結果的に地域の魅力向上や活性化にもつながっていくのです」(宇都宮先生)
取材・文/仁井慎治 イラスト/やまだやすこ 写真提供/共同通信社