夫、義母...。家族のもつ世界をリスペクトする/君島十和子「私が決めてきたこと」(14)

pixta_25835458_S.jpg2016年5月の誕生日で50歳を迎えた君島十和子さん。
20代で活躍されていた女優時代からの美しさは、健在! 素敵に歳を重ねておられる女性の代表として、いまでも多くの支持を受けています。

「決断」をテーマにした本書『私が決めてきたこと』から、妻として、母として、働く女性として、がんばる女性を応援する君島十和子さんのメッセージを受け取ってください。

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パートナーの世界を、リスペクトします。

入籍直後、新居を探す時間もないなか、私は主人の実家にお嫁入りすることになりました。そこから約8カ月間、主人の実家で、義母と3人での新しい生活のスタートです。

「新婚時代ぐらいは、2人きりがよかったのでは?」インタビューなどでそう聞かれることもありますが、当初はまだ、世間が騒がしく、甘いことを言っていられるような状況ではありませんでしたし、結果的には、同居生活を経験させてもらって本当によかったと思っています。

周囲の好奇の目から互いの身を守るために、主人と義母、私の間には、強い結束が生まれましたし、このときの義母と過ごした時間が、私のその後の主婦としての人生を支えるしっかりとした基盤となったからです。

当時の私は、主婦として、家事の全容さえ把握していない状態でした。結婚前は実家暮らし。料理などの家事は母に任せきりで、「キッチンに立つとすれば卵をゆでたり、果物を切ったりするのが関の山。私がといだお米をじっと見つめながら、主人と義母に「......洗剤で洗ってないよね?」と聞かれてしまう始末(笑、洗ってません!)。

のちに料理本まで出版させてもらうようになった私ですが、結婚当初は目も当てられないほど何もできなかったのです。

 

外で働いていた義母の時短術

一方、自分のオートクチュールサロンを40年にわたり経営していた義母の手際は、それはもう見事なものでした。午前中にてきぱきと家事を終えた義母は、昼食もそこそこに、自分の会社に出勤します。

夕方、仕事場から、「今日の献立は○○にするから、あなたはコレとコレを買ってきて。足りない食材は私が買って帰るから」という電話をもらい、指示通りに野菜を洗ったり下ごしらえをしたりするのが、当時の私の役目でした。帰宅後、経営者から主婦へとスイッチが切り替わった義母の働きぶりは、そばで見ていて惚れ惚れするほど。

仕事に行く前に、肉や魚の下味をつけ、ジャガイモや人参など洗うべき野菜を洗い桶にザブンとつけてから出かけるのです。仕事から戻ると、バッグを寝室の入り口にサッと置いて手を洗い、エプロンをして一度も座ることなくキッチンに向かいます。

そして、炊飯器にお米をセットするところからスタートし、煮物の鍋を火にかける。何品かのおかずを同時進行でつくる。食事のメニューが8割方できたところで、ようやくバッグを片づけ、服を着替えて、そこではじめて座ってお茶を飲むのです。

こんな辣腕(らつわん)な義母ですから、料理以外の家事も完璧でした。服装デザイナーという職業柄か、家の洗濯物はすべて、靴下から下着、台所の布きんまでアイロンがけを行います。

しかも、アイロンがけの手間を最小限にするための方法が、とても丁ねいなのです。床に敷いたピクニックシートの上に、皺をビシーッと伸ばした洗濯物を重ねます。衣類を重ねるたびにパンパンと叩き伸ばして、細部まで指先で整えてから干すのです。そうすると、小さな衣類のフリルやレースも、アイロンをかけ易くなり、キレイに仕上がります。

こうして整えたハンカチ1枚、靴下1足が、タンスの引き出しに整然としまわれていることで、自分の留守中に、子どもが何かを探しているときにも、「何番目の引き出しの、右側にしまってある」と電話で伝えることができたようです。

一見、手間がかかるようでも、最終的には自分がラクになる。主婦として、働く女性として、効率的に家事をこなす義母の時短術をたくさん教えてもらいました。

 

パートナーの世界観を知る

義母との同居を通して学んだことで、今もよかったと思えるのは、主人を育(はぐく)んだ方の世界観を間近で見て知ることができたことです。

私が一生をともにする人は、どんな環境で、どんな料理を食べて、どんなふうに育てられてきたのか。主人の好みや当たり前になっている習慣を知ることで、迷いなく家事が進められました。

これが「主人の両親を見送るまで、一生ともに暮らす」となっていたら、きれいごとばかりを言っていられなかったかもしれません。

それでも、結婚は、相手の世界観を、家族ごと受け入れるもの。そう考えている私にとって主人の大切な母をまるごと受け入れ、リスペクトすべき存在だと肝に銘じています。そんな義母とともに暮らせた時間は、私の人生にとって、かけがえのないものとなっています。

 

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君島 十和子(きみじま・とわこ)
高校在学中に「,85年JAL沖縄キャンペーンガール」に選ばれ、芸能界デビュー。1986年女性誌『JJ』のカバーガールを務め、同誌で専属モデルに。のちに舞台、テレビなどを中心に女優として活躍。結婚を機に芸能界を引退。2005年、20数年に及ぶ美容体験をもとに、化粧品ブランド「FTC(フェリーチェ トワコ コスメ)」を立ち上げ、20種類にも及ぶ製品ラインナップを開発。著書に『十和子イズム』(講談社)、『君島十和子の「食べるコスメ」』(小学館)、『十和子塾』『十和子道』(集英社)など多数。

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『私が決めてきたこと』

(君島十和子/KADOKAWA)

夢をあきらめたこと、大変だった子育て。すべてが「いま」につながっている―。 君島十和子さんが50歳になったいま、妻として、母として、働く女性として感じていること。「決断」をテーマにし、女性がしなやかに強く生きるための31の秘訣をまとめた1冊です。

この記事は書籍『私が決めてきたこと』からの抜粋です

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