私が今美容の世界で働いているワケ/君島十和子「私が決めてきたこと」(15)

私が今美容の世界で働いているワケ/君島十和子「私が決めてきたこと」(15) towako9.jpg2016年5月の誕生日で50歳を迎えた君島十和子さん。
20代で活躍されていた女優時代からの美しさは、健在! 素敵に歳を重ねておられる女性の代表として、いまでも多くの支持を受けています。

「決断」をテーマにした本書『私が決めてきたこと』から、妻として、母として、働く女性として、がんばる女性を応援する君島十和子さんのメッセージを受け取ってください。

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興味を徹底的に突き詰めて、

"キレイの秘密"を共有します。

出産後、仕事を通じて社会復帰したいと考える方は多いでしょう。私ももちろん、その1人でした。とはいえ、一度職場を離れると、就職先をはじめ、保育環境など思うようにいかないことばかり。

家事や育児の手が空いた時間は、趣味である美容の情報収集に没頭していました。今なら子育てライフについて、ブログで発信したり、バギーで出かける環境など、楽しめるものがたくさんあります。

けれども私が乳幼児の子育てをしていた時代は、そんなものもありませんでした。ですから、自由になる時間があると、皮膚科学に関する本や、化粧品成分表などを読みふける日々。

なかでも、私のいちばんの悩みだった「肌の紫外線対策」について勉強しました。いろいろなところでお話ししていることですが、私が化粧品に興味を持ちはじめたきっかけは、肌を焼きすぎてしまったことです。

キャンペーンガールをしていた18歳から22歳のはじめまで、私は〝健康的な日焼け肌″をキープするために、無防備な日焼けを繰り返していました。紫外線が肌に及ぼす悪影響が明らかになる、ずっと前のことです。

 

その結果、シミはできるし、肌は乾燥してボロボロに。

「これは何とかしなければ!」と、手当たり次第にあらゆる化粧品を使いましたが、焦っていじりすぎたせいか、ただでさえ敏感な肌が炎症を起こして赤く腫れ、その後に大量の吹出物が......。

手に負えない肌荒れを隠そうとして、仕事場ではファンデーションを厚塗りしていたのも、肌にとっては悪影響でした。試行錯誤を繰り返した挙句、保湿と紫外線対策を重視したシンプルなお手入れで、もとの肌の状態を取り戻しましたが......それまでに、なんと3年もかかったのです。

 

美容のことを、包み隠さず何でも話す

女優をはじめたころから、私は周囲の女優さんたちの美しさの秘密に興味津々でした。当時はまだ、雑誌やテレビのインタビューで女優さんやタレントさんが美肌の理由を訊かれても、「私は何もしていないんです。ただよく眠るだけです」という言葉が飛び交っていた時代。

今のように自分の美容について語る人はいませんでした。けれど私は、撮影所などでヘアメイクさんが大きなメイクボックスに入れた何十種類もの化粧品を運び込み、女優さんを2~3時間かけてメイクしているのを目の当たりにしていました。

「女性がキレイになるには、眠るだけでは手に入らない秘密があるに違いない」と感じていたのです。

一方で、肌トラブルで苦労した経験がある私は、自分が美容の取材をお受けする際は、美容にまつわる失敗談や実践している美容法、おすすめの化粧品について、思いつく限りのことを話すようにしました。

キレイになれると信じて購入した化粧品で、自分の肌がボロボロになる。そんな自分と同じ悲しい思いを、他の人には絶対にしてほしくなかったからです。この思いが呼び水となったのか、やがて私は「美容のことを包み隠さず何でも話す、めずらしい女優」として、徐々に美容雑誌で取り上げていただくことが多くなっていきました。

 

好きなものを極めたい!

私の美容への入れ込み具合は、加速していきました。ファッション誌の美容特集を隅々まで読み込み、様々な基礎化粧品やメイク法を試すようになったのです。結婚後も、雑誌などを通じてご紹介した化粧品メーカーさんから大量の化粧品サンプルをいただき、時にはそれがバスルームの洗面台に収納しきれないほどになりました。

こうした経験をもとに、雑誌の美容ページの取材を受けると、読者の方から大きな反響があったと編集部から聞きました。わからないことがあると元皮膚科医の主人に、「最近、こういう成分が多用されているけど、どういうものなの?」と聞いて自分なりに調査・分析するのも楽しいものでした。

私自身は、美肌づくりのコツを研究したり、美容について話したりすることが大好きだったので、それが仕事になるという感覚はまったくありませんでした。ただ、「好きなものを極めたい。それで同じ悩みをもつ女性に喜んでもらえるなら、こんなに嬉しいことはない」

この思いをずっと追い続けていることが、現在のFTCへの化粧品づくりへとつながっています。

もし、結婚や出産を機に職場を離れてしまい、復帰が難しいのであれば、そのときは天から授かった学びの時間と受けとって、興味があることや好きなことにとことん向き合ってみる。そうすることで開ける未来があると思います。

 

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君島 十和子(きみじま・とわこ)
高校在学中に「,85年JAL沖縄キャンペーンガール」に選ばれ、芸能界デビュー。1986年女性誌『JJ』のカバーガールを務め、同誌で専属モデルに。のちに舞台、テレビなどを中心に女優として活躍。結婚を機に芸能界を引退。2005年、20数年に及ぶ美容体験をもとに、化粧品ブランド「FTC(フェリーチェ トワコ コスメ)」を立ち上げ、20種類にも及ぶ製品ラインナップを開発。著書に『十和子イズム』(講談社)、『君島十和子の「食べるコスメ」』(小学館)、『十和子塾』『十和子道』(集英社)など多数。

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『私が決めてきたこと』

(君島十和子/KADOKAWA)

夢をあきらめたこと、大変だった子育て。すべてが「いま」につながっている―。 君島十和子さんが50歳になったいま、妻として、母として、働く女性として感じていること。「決断」をテーマにし、女性がしなやかに強く生きるための31の秘訣をまとめた1冊です。

 
この記事は書籍『私が決めてきたこと』からの抜粋です

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