暮らしやお金、友人関係に悩んだとき、誰かの「言葉」に支えられたことはありませんか?中でも特に多くの人を救った言葉を、人は「名言」と呼びます。「世界一受けたい授業」(日本テレビ系列)などに出演する教育学者・齋藤孝さんは、著書『100年後まで残したい 日本人のすごい名言』(アスコム)で、「名言は声に出して覚え、暮らしの中で使えば一生の宝物になる」と言います。今回は同書から選出した、人生の糧となる6つの言葉を連載形式でお届けします。
なまけ者になりなさい。
水木しげる
漫画家。1922生-2015没。徴兵でラバウルに送られ、激戦地で左腕を失うも九死に一生を得て生還。戦後、『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』などで人気漫画家となる。世界各地を回り妖怪研究家としても精力的に活動。
後世まで名を残すような、大きな仕事をする人の中には「自分は怠け者だった」という人が少なからずいます。若い頃からさぞや熱心に学び続けてきたのだろうと思うと、そんなこともないと言うのです。言ってみれば、本質的なことに集中するため、どうでもいいことにはエネルギーを使ってこなかったということでしょう。それは本人にとって本質的でないだけで、周りには「重要なこと」に見えている場合もあります。
たとえば、集団の規律を守るとか宿題をするとかは、重要なことと認識されます。とくに日本では、人から言われたことや世間から期待されていることを丁寧にやる人を評価する風潮があります。
一方、自分の好奇心を優先し、主体的に見つけた課題に対してだけエネルギーを投入していく生き方というのは、一見「不真面目(まじめ)」かもしれません。でも、そうやってエネルギーを一気にそそいで行うから、大きな仕事ができるのです。
漫画界の巨匠、水木しげるはその典型。好奇心に任せて、妖怪やおばけの世界を追究して漫画にし、日本中の子どもたちに伝えました。妖怪は日本において古来から伝承されてきたものですが、現代を生きる私たちがこれほど妖怪に親しんでいるのには、間違いなく水木しげるの功績があります。怖いもの、おどろおどろしいものというだけでなく、どことなくユーモラスで親しみやすいイメージをつけてくれました。
想像を絶する苦難をかいくぐってきたなまけ者
人気アニメとなった『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌には、「たのしいな たのしいな おばけにゃ学校もしけんもなんにもない」という歌詞があります。多くの子どもたちがこの歌を口ずさみ、「おばけはいいなぁ」などと思ったりしたものです。
ここに出てくるおばけは、水木しげる自身でもあるのでしょう。よく食べ、よく寝て、呑気な水木しげるは幼少の頃言葉も遅く、小学校への入学も1年遅れにしました。入学後は毎日朝寝坊をして遅刻。算数は0点。
15歳で就職しても、失敗ばかりですぐにクビ。好きなことにはわき目もふらずに熱中するから、世間並みの成績をとるためのエネルギーを残しておかなかったということかもしれません。
職を転々としながら、大好きな絵を描くことに没頭する日々が続きますが、どうにもそれを許してくれない状況になります。戦争です。水木しげるは21歳で軍隊に入隊し、ラバウルに送られました。ちょっとしたことで殴られるような厳しい軍隊での生活です。しかもラバウルは激戦地。常に死と隣り合わせの恐怖の中では、絵を描くどころではありません。爆撃で左腕も失いましたし、本当に想像を絶するような苦難を経験しているのです。
生還後、紙芝居や漫画で生計を立てますが、作品が評価されて人並みの暮らしができるようになったのは40歳を過ぎてから。『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』などヒットを飛ばし、一躍人気漫画家となります。そして、93歳で亡くなるまで描き続けます。
90歳を超えて新連載を始めたというのですから驚きです。
ときどきなまけ者になることが、幸福の秘訣
「なまけ者になりなさい。」は、そんな水木しげるの代表的な言葉であり、「幸福の七カ条」のうちの一つ。「幸福の七カ条」とは、水木しげる自身が世界中を旅して幸福な人、不幸な人を観察してきた体験から見つけ出したというものです。
幸福の七カ条
第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまでも自分の楽しさを追求すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 なまけ者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。
世間一般の成功や勝ち負けではなく、自分自身の「好き」や好奇心を大切にして生きていくあり方がよく表れている七カ条です。「努力は人を裏切らない」とよく言いますが、水木しげるは「努力は人を裏切る」と言います。努力したからといって必ず報われるわけではないし、才能があるからといってお金持ちになれるとは限らない。でも、世間から評価されなくても、好きなこと、楽しいことに熱中すること自体が喜びであり、幸せなのです。それを忘れなければ、愚痴を言うこともないし、悲壮感を漂わせることはありません。
とはいえ、ときにつらいと感じることもあるでしょう。自分の好きな道に進んでいても、なかなか評価してもらえない、努力に見合う収入につながらないことはよくあります。だから、ときどきはなまけることが必要だと言います。そうしなければ、乗り越えるパワーが湧いてきません。とくに中年期以降は愉快になまけるべきなのです。若い頃はなんとかなっても、だんだん身が持たなくなりますから。
売れっ子漫画家となって多忙を極めた水木しげるの「なまけ術」は、世界中の楽園や妖怪の棲(す)み処(か)を訪ねる「世界妖怪紀行」でした。面白い場所を見て回り、祭りに参加し、その地に太古から伝わる踊りがあれば、輪に加わって奇声を発したりして楽しむのです。
ダラダラと寝て過ごして、疲れをとるわけではないのですね。両目を開けていると愉快すぎて疲れてしまうから、片目をつぶって休ませることもあるのだとか。この「なまけ術」が長寿の秘訣でもあったのではないでしょうか。とにかく心から好きなこと、楽しいことに向かっているわけです。
現代を生きる私たちが疲れやすいとしたら、それは世間の評価を気にしすぎるからかもしれません。好きなことをやっていても、人の目が気になってしまう。「いいね!」の数が気になるし、フォロワーの数が気になる。そのぶんエネルギーを消耗してしまうのです。
七カ条の最後は「目に見えない世界を信じる」。自分たちだけの力で生きているわけではないという、大きな世界観です。なまけ者でちょっといいかげんなおばけや妖怪たちも一緒に暮らしているような世界で、ときどき自分もなまけながら好奇心を全開にして生きていくことができれば、とても豊かで幸福なことではないでしょうか。
「なまけ者になりなさい。」は名言年齢としては本書の最年少ながら、日本古来からの妖怪とつながっているような感じもする奥深い言葉ですね。
「心が折れそうなとき」「背中を押してほしいとき」など5つのシーンで思い出したい30の名言がつづられています